【視点】医療費の財源はある

公開日 2016年06月25日

須田先生

須田 昭夫(東京保険医協会 副会長・政策調査部長)

日本は医療費の財源があるのに利用されていない

日本人の平均寿命は女性が86.6歳で世界一、男性も世界のトップを争っています。しかし2011年、OECD加盟34カ国のなかで日本は、GDPに対する医療費は20位、人口当たりの医師数は29位でした。WHOは、世界最長寿を達成した日本の医療のコストパフォーマンスに、世界一の評価を与えました。

医療費の公費支出13.7兆円

日本の国民総医療費は、2012年に37兆円でした。その財源構成(2008年)を厚労省のホームページでみると、公費支出は37.1%にすぎません。金額にすれば約13.7兆円です。8%の消費税収入は約20兆円に相当しますから、医療費への国庫支出を楽々と賄えます。残りの医療費は、保険料48.8%、患者負担14.1%ですから、合計62.9%は国民負担です。

図_高齢化率に比べ低い日本の社会支出

法人所得税の減税 86年の42%が15年には23.9%

そもそも消費税をあえて福祉目的税というならば、消費増税と同時に行われる、ほぼ同額の法人減税への流用をやめるべきでしょう。法人所得税率は89年に42%でしたが、消費税導入後から低下し続けて、15年には23.9%まで低下しています。

かつて日本の医療制度を研究するために国立がんセンターを訪れた米国保健福祉長官は、雑魚寝のような病室、共同浴室、という現実を見て失望し、帰国後に「日本ではボロボロに疲れ切った医師たちが診療しており、医療安全の視点もない。あのように医師を犠牲にする医療制度は、いずれ破たんするだろう」と語りました。外来者が一目で見抜いた日本の医療の問題点は、医療費の貧しさでした。

医療現場を無視した予算の切り捨ては、医療従事者に聖職者のような奉仕を要求し、超長時間・過密・重労働に置いているのです。病院の施設が粗末で人件費も安いので、医療費に占める薬剤費や検査料の比率は大きくなります。貧困な住宅事情と核家族のために自宅療養が難しく、介護施設が足りないので病床の削減も困難です。

粗末に扱われる社会保障財源

その反面、大規模土木事業、軍事費、大企業に対する減税と補助金には、大判振る舞いが行われています。浪費が多すぎるのです。国民の虎の子の年金も、ムダな箱モノづくりに使って土建業を潤したり、危険な株式に投資するなど、粗末に扱われています。米国では年金資金はすべて米国国債に投資されています。リスクがなく、運用経費も安上がりです。

日本の政府債務がGDPの2倍を超え、財政破たんがいわれていますが浪費は改まりません。政府は国民に増税するとともに、医療、介護、福祉を削減するという、やらずぼったくりの様なことをしています。保険医療財源がないわけではなく、費用を出す気がなく、他に流用しているのです。

ところが政府は、医療費をもっと削減すると言っています。効率が世界一でもさらに費用を削減するというのです。これからは老人が入院できないように病床を削減し、介護も受けにくくするので、地域包括医療というお題目を、自宅で唱えて我慢しなさいというわけです。どこかに思い違いがあるように思われます。

パナマ文書で明らかになった大企業や富裕層の不道徳

2016年5月10日、「パナマ文書」がインターネットに公開されました。

租税回避地パナマに関与する法人21万社以上、関連する法人・個人約36万件の情報が掲載されています。日本の名だたる企業や個人の名前もずらりと並び約1,800件の情報があがっています。

失われた税収=全世界50兆円、日本5兆円

大企業や超富裕層が資産を無税または極端に低い税率で運用できる租税回避地は、タックスヘイブンと呼ばれて英領バージン諸島、バハマ、セーシェル諸島などが有名です。しかしタックスヘイブンは決して珍しい存在ではなく、パナマ文書はその一部を公開しただけです。しかし、大きな衝撃を与えています。

公益財団法人「政治経済研究所」の控えめな計算によれば、租税回避によって失われた世界の税収は年間50兆円規模で、その1割程度が日本関係とするならば5兆円で、消費税2%分を失った可能性があります。

課税逃れは世界中に蔓延しており、米国内の少なくとも3つの州に、タックスヘイブンが存在しています。問題はそれだけではありません。たとえば日本国内のインターネット通販で活躍する米国籍の大手A社は、日本には倉庫しかなく、企業活動は行っていないとして法人税を拒否し、米国政府の助けも借りて勝訴しました。タックスヘイブンさえも必要としない課税逃れが行われています。

問題はこれらの課税逃れが不道徳ではあっても、違法ではないと主張されていることです。不道徳であるという意識すら、ないかもしれません。パナマ文書に名前があがった大企業は「適切に納税している」と主張しており、菅義偉官房長官は政府としての調査を、「考えていない」と、無表情で答えました。

公共インフラを使う大企業の利益は社会に還元を

企業の経済活動は、公共社会のインフラを利用してこそ成り立っています。利益は社会に還元されるべきです。

アダム・スミスは「富を持つ者は収入の割合に応じてではなく、その割合以上に公共に貢献するべきだ」と述べています。2016年5月9日、世界の経済学者355人が署名した書簡は、タックスヘイブンが「一部の富裕層や多国籍企業を利するだけで、世界全体の富や福祉の増進に何ら寄与せず、経済的な有益性がない」と強く批判しました。大企業の内部留保や課税逃れで溜め込まれた「お金」は社会のために活用されてはじめて、生きるのではないでしょうか。社会保障に充てる財源はあるのです。

(『東京保険医新聞』2016年6月25日号掲載)

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