【視点】小児かかりつけ診療料から見えるもの

公開日 2016年06月05日

阪南医療生協診療所 所長
眞鍋 穰

小児医療に関する「要望書」にない、小児かかりつけ診療料の不思議

厚生官僚の傲慢の現れか、子どもとその親を取り巻く状況と小児科医の認識の欠如か?

2016年度診療報酬改定で左表のような要件を満たす場合、小児かかりつけ診療料が算定可能となった。その要件は現在の診療報酬制度改定の常であるが、実は子どもたち(保護者)が現在のかかりつけ医に求めているものと少し違っていて、厚生労働省や医師会?が求めている「行政への協力」を評価したおこぼれ的すり替え措置としかみえない。

当初、小児科医会、小児科学会もここまで落ちたのか?小児科医の子どもの実態認識は現実とここまでずれたのかと唖然としたが、実は全くそうではなかった。日本の厚生官僚の傲慢さ、すなわち、政治を変えなければ子どもたちも小児科医も救われないという実態が浮かび上がってきたのだ。

「平成28年度診療報酬改定における小児医療に関する要望書(日本小児科学会、日本小児科医会共同)」を読むと、小児人口の減少、小児の貧困率の上昇、小児の医療福祉教育の充実とその地域連携の必要性を強調しており、保育所問題・待機児童など働く親の現状への認識の欠如が相変わらずあるものの、外来医療では、学校や自治体への診療情報提供料の算定、アレルギーアトピー性皮膚炎への療養指導料の算定、地域連携活動の評価などの要望となっていた。

この要望に対する厚生官僚の答えが今回の小児かかりつけ診療料である。ところが、その中身は要望に全く答えないばかりか、要望を逆手にとって重複受診の多い? 慢性疾患中心の内科かかりつけ医的発想で、「子どもも一診療所で診れば重複診療も多剤投与もなくなるかな」と、救急受診の実態などの理解が欠如した項目となってしまった。

かかりつけ医は24時間患者に対応できるのか?

小児かかりつけ診療料の「届出」事項と医会・学会の要望事項に目を向けながら考えてみる。

2012年の改定で設定された時間外対応加算であるが、一次救急センターの確立が前提でなければ、24時間対応(時間外対応加算1)の算定は困難であろう。

以前、といっても、つい最近まで、大都市部でも小児科一次救急センター体制が確立されず、病院小児科医師が対応疲弊した時期があった。病院小児科医の一部には「小児科はコンビニではない。軽症急患は自宅か開業医が様子を見るべきだ」という意見が目立っていた。私は「小児の急患は内科と異なって、一見、軽症に見える高熱患者に髄膜炎が、元気がないだけの患者に腸重積が潜んでいるのに、子どもを初めて産んだ親に軽症か重症か分るのか?」と疑問に思ったものだ。

しかし一部の自治体では、市長が現場の小児科体制を無視して、市立病院の24時間小児救急対応を宣言したものの、その後、小児科医が退職して、小児科が一時閉鎖の危機に追い込まれるという事態となった。

そこで大阪では、まず病院小児科(大阪小児科学会)が中心となって、全ての医療圏で開業小児科医と病院小児科医が協力して一次救急センターをつくり、病院は二次患者を輪番で見るという体制などが出来上がっていった。

この過程で生まれた“開業小児科医は診療と居住が分離しており、肉体的にも物理的にも、かかりつけ医の24時間対応はできない、病院小児科医だけで一次も二次も診ることはできない”という認識が共有され、一次救急への病院小児科医と開業小児科医の協力につながったと理解している。

今、若い40代の小児科医が一時的に24時間対応を叫んでも、すぐに破綻するのは目に見えている。

診療報酬によるかかりつけ医の固定が、安全・安心でレベルの高い医療を担保できるのか?

国民皆保険制度の維持が医療レベルの維持につながる

イギリス在住の日本人患者の里帰り診療を何度か経験して、英国のような強制的かかりつけ医制度は、レベルの低い医療の確保は担保するが質の高い医療は保証できていないことが分ってきた。一部の専門医も誤解している(特異IgE抗体の測定より皮膚テストプリックは特異性が高い)が、NHS(国民保健サービス)の負担上、アトピー性皮膚炎の原因診断はプリックテストしか行われず、不要の食物除去を指導されていることが多い。実際食べてみると異常がなく食事制限を解除できることも多い。

また新型インフルエンザ流行時でのアメリカ(4,000万人が無保険)、メキシコの死亡率の高さと日本での死亡率の低さは、保険診療制度と一次救急制度の問題を浮き彫りにした。

あの時の日本での死亡率の低さは、かかりやすさと早期抗インフルエンザ薬の保険適応のおかげだというのが、救急センターで唸るほどの患者をみた者の実感であるが、その教訓を「インフルエンザの登園禁止日数の延長である」と理解した行政と医師会の誤解にも呆れた。

今回の小児かかりつけ診療料の問題は、一次救急体制、学校医体制、乳児健診、予防接種体制などを診療報酬での誘導で実現できると考えている厚生労働省の傲慢さが見え隠れしている。小児の貧困の進行の問題は、保険証のない、あるいは資格証しかない病院診療所にかかれないこどもの増加(予防接種率も低い)となって現れていることへの理解が、医会、学会、官僚ともに乏しいことを露呈してしまったのではないだろうか。

小児科医は子どもと 親の代弁者であれ

私は小児科医になって40年になるが、30年ほど前に大阪小児科学会で子どもの出生率の低下が問題になり、少子化対策として何が求められているかという議論になった。ある新聞記者が、フランスで子ども手当を大幅に増額することを紹介したところ、診療所の小児科医から「手当てを増やしても出生率は増えない、3歳までは母親が子どもを見るべきだ」というのだ。

子どもを生もうと思うと両親が働かざるを得ない実態、したがって、保育所が必要であることを小児科医自身が理解していないことに、唖然としたことを思い出す。

その後の結果はご存知のとおりで、フランスでは子ども手当だけでなく、細やかな子ども対策(既に子どもの教育費・幼稚園も無料であったが)の結果、出生率は2となったのに対して、日本の出生率は低下し続け1.29ショックとなった。

待機児童の問題が小児科医会でも小児科学会でも真剣な議論の対象になっていない現状を見れば、小児科学会では重症児が、小児科医会では患者減少対策が話題なのか? と疑ってしまう。小児の貧困の問題を議論に登らせるなら、具体的な対策を学会、医会で提言して欲しい。分っていて提言しないなら厚生官僚と同罪かとも思ってしまう。

保育所数2万4,000、幼稚園数1万1,000、小学校数2万600、中学校数1万500に対して、小児科医数はおよそ1万5,000だ。小児科医だけでは学校医も保育所嘱託医もまかなえない現状があることを考えれば、算定要件に「嘱託医を引き受けていること」というのも、また奇異な印象を持たざるを得ない。

小児かかりつけ診療料の新設は一体どなたの発案なのだろうか?

(『東京保険医新聞』2016年6月5日号掲載)