【視点】安倍政権は本気で憲法改正を目指している

公開日 2016年05月25日

東京保険医協会 理事
吉田 章

「参院選でしっかり訴える」「在任中に成し遂げたい」

 従来自民党は憲法改正を党是としているが選挙の争点に挙げたことはなかった。しかし安倍政権は様相を異にしている。安倍首相はかねてから憲法改正への意欲を示していたが、このところ積極的な発言が目立つ。

 今年始めの記者会見では「来たる参院選でしっかり訴えていく」と表明し、さらに3月の参院予算委員会では、「私の在任中に成し遂げたい」と強い意志を表明した。参院選で三分の二以上の議席をとれば憲法改正の発議が可能となる。

特定秘密保護法と国家情報の遮断

 今次安倍政権は2012年12月に発足して以来、2013年12月に国民の強い反対を押し切り特定秘密保護法を強行成立させた。この法により、安全保障(防衛、外交、特定有害活動(スパイ活動)、テロ防止)に関する情報を行政機関の長が特定秘密に指定できることになったが、特定という名とは裏腹に、何を秘密とするかは行政機関の恣意的判断で決められるため、広範囲に行政の情報を国民から遮断することが懸念されている。

解釈改憲の閣議決定と安全保障(戦争)法制の成立

 次に2014年7月には集団的自衛権の解釈変更を閣議決定した。これは自国が攻撃されていない場合でも自国と密接な国が攻撃された場合に実力をもって阻止できるとするもので、従来は、憲法9条により認められないと、歴代政府が答弁してきたものを覆し、次の安保法制成立に道を開いた。多くの憲法学者、法律家も憲法違反であるとし、また国民のなかからも強い反対運動が起きたにもかかわらず、強行されている。

 そして2015年9月には戦争法といわれる安保法制関連法が強行採決され成立した。主な内容は①集団的自衛権を認める、②自衛隊の活動範囲や、使用できる武器を拡大する、③有事の際に自衛隊を派遣するまでの国会議論の時間を短縮する、④在外邦人救出や米艦防護が可能になる、⑤武器使用基準を緩和、⑥上官に反抗した場合の処罰規定を追加等で、安倍首相はこれにより世界平和に貢献できると胸を張るが、専守防衛から、海外で戦争をする国へ大きく舵を切るものである。

 戦後70年、戦争をしないで平和を享受してきた日本、これがこの法で大きく変わろうとしている。さらに戦争の目的も本当のところは特定秘密保護法により国民の眼から隠されかねず、まさに大本営発表を信じ込む以外になかった戦前の悪夢がよみがえろうとしている。

これに対し、安保(戦争)法は絶対認められないと廃止を求める運動は成立から半年を経過した今も根強く続いており、また民進党、共産党、生活の党、社民党など野党各党も強く反発している。憲法違反だと訴訟に訴える動きも各地で起こり、そのひとつがこの4月に東京地裁に提訴されている。

明文改憲で「海外で戦争できる国」に

 安保(戦争)法が成立したからといって、憲法9条がある限り、いつ憲法違反として廃止の憂き目にあわないとも限らないため安心していられないというのが安倍首相の本音ではないか。安倍政権としては憲法9条を改正して初めて「積極的平和主義」を遂行できる「海外で戦争できる国」を完成したといえることになるのだろう。

 勿論、改正点は9条だけでなく最近クローズアップされている緊急事態条項の新設ほか多数の箇所が挙げられている。しかし、9条改正が本丸であることは間違いないであろう。

国防軍の創設を目差す自民党の憲法改正草案

実際どのような改正が考えられているのか自民党憲法改正草案から見てみよう。

自民党憲法改正草案

第2章 安全保障
(平和主義)
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

第9条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2  (略)
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4  (略)
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が上訴される権利は、保障されなければならない。

(領土の保全等)
第9条の三 国は主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。

自民党憲法改正草案が最大の眼目とする第9条は、第一項2により自衛権すなわち集団的自衛権を許容することからはじまり、第二項で国防軍の創設を宣言。第二項3では、この国防軍が全世界で「活動」できることを明記した。そして第二項5には軍法会議の設置まで盛られている。文字通り、軍隊の復活である。さらに第三項では動員、徴用、接収の言葉を想起させる国防への協力を国民に求めている。

先の大戦では自国だけで数百万の死傷者を出し、国民全体が塗炭の苦しみを味わっただけでなく、それを上回る被害を近隣諸国に与えた。その教訓から戦争を放棄したはずではなかったか。その鍵である憲法、戦争から日本を守ってきた憲法、来たる参院選の結果いかんではその憲法が危うい。

(『東京保険医新聞』2016年5月25日号掲載)