【視点】政府が進める「働き方改革」の問題点―残業月100時間を容認

公開日 2017年08月02日

川人法律事務所 弁護士   川人 博

政府が進める働き方改革の内容は、つぎのような理由から、過労死をなくすことや長時間労働を解消することに実効性があるとは言えず、むしろ、過労死を助長する危険性が大である。

第1に、一カ月100時間近くの時間外労働を容認しており、いわゆる「過労死ライン」の労働を放置することにつながる。ちなみに、電通は、故高橋まつりさんの遺族高橋幸美氏との合意書において、繁忙期でも月の法定外労働75時間を上限とする旨を約束し、すでに実行している。

このように現時点で月80時間未満を上限とする規定が存在する企業に対して、政府改革案は、「100時間近くでも良い」というシグナルを与えることになる。つまり、今回の政府の改革は、これまで時短を進めてきた各企業の動きに逆行する危険性が高い。

第2に、長時間労働の典型的な業種である建設業、運送業について、長時間労働規制の対象から除外しており、これらの業種でとりわけ過労死が発生する危険性が極めて大である。厚生労働省の発表を見ても、これまでの過労死労災認定事例で時間外労働が月100時間以上の事案は、建設業、運送業においてとくに目立っているが、その要因は、これらの業種が現行政令規制(大臣告示)の適用除外となっているからである。今回の政府案では、今後とも(少なくとも改正法施行後5年間は)適用除外となり、危険な職場状況を放置することになる。

現に、オリンピック関連事業を担う建設業界では、準備の遅れを取り戻すために極めて過酷な労働を従業員に強いており、過労死の疑いの強い死亡が発生している。

今秋にも労基法の改悪ねらう「働き方改革実行計画」工程表-抜粋-
(働き方改革実現会議2017.3.28)

〇法改正による時間外労働の上限規制(その1)

<原則>
・週40時間を超えて労働可能となる時間外労働時間の限度を、原則として、月45時間、かつ、年360時間とし、違反には次に掲げる特例を除いて罰則を課す。
<特例>
・特例として、臨時的な特別の事情がある場合として、労使が合意して労使協定を結ぶ場合においても、上回ることができない時間外労働時間を年720時間(=月平均60時間)とする。
・年720時間以内において、一時的に事務量が増加する場合について、最低限、上回ることのできない上限を設ける。
・この上限については、
①2カ月、3カ月、4カ月、5カ月、6カ月の平均で、いずれにおいても、休日労働を含んで80時間以内を満たさなければならないとする。
②単月では、休日労働を含んで100時間未満を満たさなければならないとする。
③加えて、時間外労働の限度の原則は、月45時間、かつ、年360時間であることに鑑み、これを上回る特例の適用は、年半分を上回らないよう、年6回を上限とする。

〇法改正による時間外労働の上限規制(その2)

・自動車の運転業務(略)
・建設事業(略)   
・医師については、改正法の施行期日の5年後を目途に規制を適用することとし、医療界の参加の下で検討の場を設け、質の高い新たな医療と医療現場の新たな働き方の実現を目指し、2年後を目途に規制の具体的な在り方、労働時間の短縮策等について検討し、結論を得る。

〇法改正による時間外労働の上限規制(その3)

(略)

〇法改正による時間外労働の上限規制(その4)

・高度プロフェッショナル制度の創設

第3に、医師の深刻な過重労働・過労死が社会問題となっているにもかかわらず、5年間にわたり、医師に関して長時間労働の規制対象から外すということは、医師のいのちと健康に深刻な影響を与え、かつ、医療事故の原因となる。応召義務(医師法19条)は、戦前以来の前近代的な内容であり、医師が疲れていても診療に従事すべきと解釈されており、医師の過重労働を助長するものとなっている。かかる規定は、廃止ないし改正すべき内容であるにもかかわらず、政府案は、この応召義務を理由として、医師の長時間労働を固定化しようとするものであり、本末転倒である。

医師の過労死については、今年に入ってからも新潟市民病院で働き死亡した医師の労災認定が出されるなど、新たな犠牲が明らかになっている。その深刻さについては、厚生労働省自ら十分認識しているはずであり、医師の過重労働を規制することは緊急焦眉の課題である。なお、9月9日(土)午後に、都内で、過労死弁護団も参画して、医師の過重労働・過労死をなくすための緊急シンポジウムが予定されている。

第4に、深夜交替制勤務の過重性を考慮した労働時間規制の視点が欠落している。看護師をはじめ医療・介護に従事する労働者には、深夜交替制勤務が導入されていることが多いが、これら労働者の健康問題も深刻な状況になる。そもそも、深夜交替制勤務自体が、人間の生体リズムに反しており、残業がなくとも厳しい労働形態であるが、現状では、これに加えて、看護師などに時間外労働が加わっていることが多く、その結果、看護師など医療・介護従事者の過労死も後を絶たない。深夜交替制勤務労働者にとっては、月10~20時間程度の残業であっても、極めて過重な負担となるのである。

第5に、公務員労働者の長時間労働規制の視点がなく、緊急の課題となっている教員の長時間労働を規制するための施策が示されていない。国家公務員、地方公務員の長時間労働が、民間の長時間労働を助長している側面も多く、この点での対策が示されていない。また、国・地方自治体が納期等で無理な公共事業を発注し、民間労働者の過重労働を招いている現状を改めなければならない。

第6に、いわゆる「残業代ゼロ」と呼ばれる「高度プロフェッショナル」法案は、労働時間規制の例外対象範囲を拡大するものであり、現行の裁量労働制に加えて、さらに多くの労働者を、規制対象外に置くことによって、長時間労働を拡大する危険性が大である。

過労死弁護団としては、数多くの過労死の実態を踏まえて、政府、国会に対して、今後とも問題提起をおこない、過労死をなくすために、適切な法令改正を求めていく次第である。

(『東京保険医新聞』2017年7月25日号掲載)