【視点】姿が見えないTPPは闇夜のカラスか

公開日 2016年01月25日

東京保険医協会 副会長・政策調査部長
須田 昭夫

suda16

大幅譲歩を繰り返した日本政府

2012年12月の衆議院選挙で「TPP断固反対」を掲げた自民党は、わずか3カ月後の13年3月、交渉参加を決定、7月から交渉に入った。その後2年半、交渉が難航するなかで、甘利明TPP担当相は参加国に対して「頭を冷やせ」「ゲームは止めろ」などと発言、米国が望む合意に向けて大幅な譲歩を繰り返し、15年10月5日の「大筋合意」に導いた。

1,500ページを超える合意文書

大筋合意文書は1,500ページを超えるが、ただちに英、仏、西語でインターネットに全文公開された。米国では与野党の圧倒的な批判がまき起こり、TPPに賛成する大統領候補者が一人もいないために、大統領選が終わるまでは国会審議ができないという。その他の国でも、大筋合意は激しい非難にさらされている。

無責任な「和訳正文なし」

日本では、大筋合意から3カ月経過して年が改まっても、日本語での全文公開がない。なんと、TPPの大筋合意には日本語の正文がない。野党が要求しても国会が開かれなかった理由の一つだろう。

2015年11月に安倍内閣が公表した100ページ足らずの文書は、日本国政府による解説であり、法的効力がない。法律的な文章は日本語でも解釈が難しい。まして戦争を放棄する憲法のもと、戦争する法律を作ってしまった内閣の解釈には信頼を置きにくい。母国語の正文もなしに条約を結ぶのは、日本を植民地以下の国にすることだ。

国会決議無視の農産品関税撤廃

TPP協議の議題にしないという国会決議がある農産物重要5項目(米、麦、牛豚肉、乳製品、砂糖)のうち、30%もの品目で関税を撤廃することは、国会無視の批判を受けている。しかも農産物の関税は7年後の再交渉が明記されている。

公共事業も外国企業に開放

政府や自治体の事業を外国企業にも開放する取り決めでは、TPP発効から3年以内に適用範囲を拡大し、発注額の下限を引き下げる「追加的な交渉」を行うと定めている。また、TPP発効から5年以内に、国有企業と民間企業を同等に扱う「追加的な交渉」を行なうことを定めている。

合意文書には「再交渉」「再協議」ということばが随所にみられる。日本に関しては付属書もあり、TPP発効7年目からはオーストラリア、カナダ、チリ、ニュージーランド、米国のいずれかが要請すれば、日本は「誓約を検討するために協議」することになる。再協議の結果は予断できない。

日本人は時間を守り、他人の善意を信じやすいが、契約書や法律を軽んじるところがある。しかし、異なる文化、宗教、言語が出会う世界では、神様との間でも契約書を交わすほどに、契約書が重視される。

人命を危険にさらす特許期間の延長

医薬品の特許期間を8年にしても、合剤化や効能追加で無期限化すれば、人命を危険にさらすのではないか。医療経営企業と民間保険会社が日本の医療に本格参入すれば、自由診療が増加して、世界がうらやむ国民皆保険体制の将来が見えなくなる。多国籍企業が政府を直接訴えるISDS条項は、国家の主権を侵害する力が語られていない。

主権と国民生活を脅かすTPP

TPPは参加国政府の自決権を冒し、国民の生活、生命、人権を国際的大企業の手にゆだねる要素が大きすぎる。

TPP協定が発効するには、交渉参加国のGDPの85%以上を占める、6カ国以上の承認手続きが必要だ。米国か日本が欠ければTPPは発効しない。TPPが地球にもたらす影響について、米国と日本の責任は重い。

(『東京保険医新聞』2016年1月25日号掲載)

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