公開日 2017年09月06日
東京保険医協会副会長 須田 昭夫
本年夏の保団連シンポジウムは、「医療情報の電子化の今と未来」と題して7月2日に開かれた。政府は医療・介護分野に、利益を生む「成長産業」をつくることを奨励している。社会保障の費用を削減しながら、そのようなことが可能なのだろうか、誰が費用を負担するのだろうか。医療のICT化、ビッグデータの利活用、人工知能(AI)の導入、遠隔診療の普及などが話題になっており、効果と安全性が気になるところである。
医療等IDと安全確保
まず日本医師会常任理事で、IT分野を担当する石川広己氏の報告があった。氏は千葉県勤労者医療協会理事長、鎌ヶ谷医師会副会長でもあり、患者のプライバシーを徹底的に守る臨床医の立場から語られた。
日本は世界最長寿を達成したが、要介護の期間も長くなっている。その一方で、病床は削減され続けている。医療と介護を提供してゆくためには、地域包括ケアシステムを災害や救急にも対応し、子どもまで視野に入れた社会全体のシステムにする必要があり、情報連携が欠かせないという。通信の安全性を確保するためには、マイナンバーとは別に、変更可能な医療等IDが必要だという。医療等IDの活用範囲は、保険証確認、地域医療連携、電子紹介状、電子処方箋、オンライン請求のみならず、広範なデータ通信にもおよぶ。
しかし個人の医療情報が漏洩すれば、不当な差別や予想できない不利益が生じる懸念があり、診療情報は全て電子認証技術によって守られるべきだという(「日医IT化宣言2016」)。
医療ビッグデータの場合、匿名化された医療情報も個人を特定できる可能性があり、運用は利用者、利用目的、利用環境を厳しく監視して、外部とは通信できない閉じられた空間で行うべきであるという。日医は医療情報の匿名化から利用の段階まで深く関与して、徹底した安全策をとる方針だ。
遠隔診療
続いて「テクノロジーと医療情報の未来」との演題で、原聖吾氏(情報医療株式会社代表取締役)が講演した。氏は医師初期研修後に日本医療政策機構に入り、厚労省が2015年に公開した若手官僚の提言書「保健医療2035」の作成に従事した。
提言は「わが国は世界一良好な保健アウトカムを、比較的低い医療費で達成してきた」ことを、国民の努力と叡智の賜物であると絶賛しているが、続けて「少子高齢化、疾病構造の変化にたいして、これまでの価値観、原理、思想を、根本的に転換するべきである」と、これまでの医療の実績を全否定し、「医療における公的費用の削減、営利産業化、国際展開、行政による管理」などが必要と述べている。
氏はその後マッキンゼー株式会社などを経て情報医療株式会社を創業、いま話題となっている「遠隔診療システム」を開発した。講演時間の大半はこのシステムに割かれた印象であるが、「遠隔診療システム」はスマートフォンを活用した診療の導入により、受診困難を解決するという。
「遠隔診療システム」は、まず患者が医療機関に受診を予約する(予約)。患者はスマホやパソコンで、音声・画像の通信を行う(受診)。医師は通信内容により診断し、指示や処方箋の発行を行う(診断、処置)。処方箋または薬剤の発送を前提にした会計計算があり、料金は受診者の口座から引き落とされる(会計)。対面診療ではないために電話再診料のみの算定となり、初診料と各種管理料は保険請求できない。診察予約料の名目で自費請求され、「混合診療」(選定療養)となる。システムの利用料は1件につき定額の数百円(クロン社)、または1カ月数万円が(メドレー社)、医療機関の口座から引き落とされる。禁煙外来、血圧・血糖の持続測定、生活習慣病の指導管理などへの適用が検討されており、医療のあり方が大きく変わる可能性がある。
利便性と人権
スマホの画像と音声は品質に限度があり、遠隔診療の利便性は不正受診、過剰診療を招く恐れもある。通信の安全性についても日本医師会は、個人のスマホから直接、電子カルテに送信することは認めていない。
離島の多い長崎県の保険医協会が、遠隔診療に対するアンケートの結果を発表した。積極的に普及するべきだという意見が3.4%あったが、反対6.7%、離島・へき地、などに限定するべき43.6%、一定の規制が必要43%、などであった。人が移動しなくてよいために、患者・家族の負担軽減になることを評価(37.6%)しつつも、見落としが心配(49.7%)、医療の質が低下する(36.9%)、医療の原則が崩壊する(30.9%)などの意見があった。
画像診断や病理診断、治療方針の相談をおこなうシステムは、医療機関同士の間で「遠隔医療」としてすでに確立している。しかし不特定多数の受診者が電子カルテと通信する「遠隔診療」の有効性と安全性は確立されていない。厚労省は「医師数を減らせる」こと(働き方ビジョン検討会)を期待しているが、受診困難者に対する対策を放置したまま、無原則に診療の形を変えることには問題があるだろう。
(『東京保険医新聞』2017年9月5日号PR版掲載)