【視点】過重労働と、医師の働き方を考える

公開日 2017年12月05日

全国医師ユニオン代表 植山 直人(うえやま・なおと)

 

~地域医療を守りながら、医師が生き生きと働ける環境作りを~

1.医師の働き方改革について

現在、働き方改革が大きな社会的な焦点となっている。政府は、働き方改革として罰則付きの残業時間規制を行うとしているが、医師に関しては「時間外労働規制の対象とするものの、改正法の施行期日の5年後を目途に規制を適用する」こととし、「2年後を目途に規制の具体的な在り方、労働時間の短縮策等についても検討し結論を得る」としている。現在、厚労省で検討会が開催され、年明けには方向性が示されるものと思われる。

私たちは、勤務医の労働環境改善のために活動してきたが、医師の長時間労働は全く改善せず、医師の過労死はあとを絶たない。この間、医師の過労死の報道がみられるが、これらは氷山の一角にすぎない。特に当直業務に携わる医師は、30時間を超える連続労働が当たりまえという、非常識な働き方が未だに放置されている。

今回、政府の進める働き方改革の問題点としては、以下の2点があげられる。

(1)単月の残業「100時間未満」との上限設定は、厚労省が策定している「過労死ライン」を容認することになり、また、労働時間の短縮に努力している使用者の取り組みに逆行している。
(2)医師の深刻な過重労働が社会問題となっているにもかかわらず、5年にもわたり、医師を規制の対象から外すのは、法の下の平等が守られず、大きな問題である。

医師も人間であり、他の職種の労働者と同様、過重労働に耐えられるものではない。そして、人の命に直接的にかかわり、責任が重く、ミスが許されない、など過度の緊張を求められており、ストレスの高い職業である。したがって、通常の労働者以上に、健康障害に陥りやすいことを熟慮する必要がある。

2.応召義務について

医師法19条の応召義務は、国家が個人に無制限の義務を課すなど、基本的人権を侵害するものであると考えられ、廃止ないしは改正すべきである。本来、必要なことは憲法25条の生存権を守るために、国民の医療を受ける権利を法的に定めることである。そして、この責任は決して個人の医師が負えるものではない。行政の責任、医療機関の責任、医師個人の責任を整理し、法改正を行う必要がある。

3.交代制勤務と医師の増員

日本は医療費抑制を目的とした医師数抑制政策を行い、現場での医師不足を医師の長時間労働で補っている。この現実を真摯に受け止め、改善策を作成すべきである。

働き方改革を行うためは、欧米先進国では常識となっている交代制勤務の導入が必要となるが、ほとんどの医療機関においては現状の医師数では、これを実行するのは不可能である。交代制勤務を行うのに必要な医師数を地域別に明らかにし、医師増員を行う必要がある。この場合、小児科や産婦人科などの診療科の必要医師数も明らかにすべきである。まずは、絶対的な医師不足と、地域の偏在および診療科の偏在を改善させる指標がなければ、対応策すら作成できない。

4.医療安全を脅かす医師の長時間労働

長時間労働の大きな弊害として、医療の質と安全性の低下の問題がある。

医師の長時間労働が医療安全を脅かすことは明らかである。私たちは、厚労省に対して医療安全の視点から、労働時間の規制を求めてきたが、国はこの問題に関して、何ら責任を持とうとしていない。厚労省はもとより、日本医療安全調査機構などは、当然この問題に取り組むべきである。日本医療評価機構なども、医療機関の労務管理や安全性に関する評価を行うべきである。この問題が長期にわたり放置されていることは、医療行政・労働行政の不作為と言わざるを得ない。

厚労省はトラック運転手の拘束時間に関して改善基準告示を策定し、一日の拘束の上限は原則13時間(例外16時間)としている。この拘束時間には休息時間や手待ち時間が含まれている。もし16時間の拘束時間を超えて事故を起こせば、3年以下の懲役または50万円以下の罰金という極めて重い罰則が定められている。この罰則は、運転手のみならず使用者にも適応される。しかし、医療の安全性に関しては、全くの無法状態となっている。法体系として問題があると言わざるを得ない。

5.労働時間規制の  問題点と客観的  時間管理

現状では、多くの病院が医師の労働時間を適正に管理しておらず、単なる自己申告のみに基づくところが多い。この間の医師の過労死労災認定では、病院側が主張する時間外労働時間と、労基署が認定した時間外労働時間との間に大きな乖離が認められる。将来、医師の労働時間の上限が設けられたとしても、時間管理がずさんであれば、全く意味を持たない。

現行の労基法は、長時間労働の割増賃金を高くすることで、長時間労働を減らすインセンティブが働くように設計されている。しかし、ずさんな時間管理と不払い労働が横行しているために、このシステムが機能していない。当面の重要課題は、医師の労働時間を、客観的資料に基づき適正に管理することを義務付け、割増賃金を含む残業代の支払いを、適切に行うことである。

長時間労働の割増賃金や深夜労働の割増賃金などから、120時間を超えるような時間外労働を行わせれば、約2倍の給料を払うことになる。そのような給料を払える医療機関はほとんど存在しない。現行の労基法もしっかりと守れば、長時間労働は大幅に改善することになる。

また、この間の医師労働に関する調査などから、一部の医師が1カ月の間に、全く休日のない勤務を負わされていることが明らかになっている。労基法には4週4休が明記されており、このような勤務は明らかに違法である。長時間労働の是正はもちろん、休日の確保についても速やかに改善する必要がある。

6.過重労働を放置してきた国の責任

日本は歴史的に医師不足を過重労働で補ってきたため、何の手当もせずに過重労働をなくせば地域医療が崩壊する危険性がある。すべての医療機関が過重労働をなくせば、救急医療からの撤退を余儀なくされる医療機関も少なくない。また、産婦人科や小児科をはじめとする診療の縮小が起きることは避けられない。

これは現場の勤務医の責任ではなく、医師不足をごまかし、過重労働を放置してきた国の責任であるが、医療現場を担う医師に患者の怒りが向けられることが危惧される。今でも医療スタッフが患者や家族から暴言をはかれたり、暴力を受けることがあるが、これがエスカレートすることになりかねない。

7.地域医療を守るために

このような事態を少しでも防ぐには、様々な改善策を取り、ある程度の時間をかけてソフトランディングを行うことが必要となる。絶対的な医師不足を解消するには、医師数の増員が必要であるが、医師の養成には長い時間がかかる。このことに、患者・国民が正面から向き合う必要がある。行政は医療資源の適性な利用に関して説明し、患者・国民に理解してもらう必要がある。これは、国民生活にとって極めて深刻な問題であるが、避けて通れない問題である。

私たちが、最も危惧するのは5年の猶予期間が過ぎても、患者や国民が困るという理由で、医師への猶予期間が例外的にズルズルと引きのばされ、常態化することである。現在は、電通事件等で国民世論が高まっているが、国民の関心が薄まれば、時間規制がうやむやにされかねない。

長年放置されてきた医師の労働問題に医療界が総力を挙げて取り組み、地域医療を守りながら過重労働をなくし、医師が健康で、生き生きと働ける環境を作る必要がある。

(『東京保険医新聞』2017年11月25日号掲載)