保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

【視点】産科医療補償制度の10年を検証する

公開日 2018年11月16日

池下 久弥(産婦人科医、池下レディースチャイルドクリニック院長)

産科医療補償制度は10年前の旧来型スキーム

2009年1月に開始された産科医療補償制度は、間もなく満10年を迎える。この間、制度開始当初の出産育児一時金直接支払制度問題(受取代理制度の復活により改善)、5年目頃の余剰掛け金返還問題(掛け金額見直しにより一部改善)、10年目頃の原因分析報告書公表問題(要約版公表停止により一部改善)というように、問題が発生してはその都度改善が図られてきた。
しかし、原因分析の側面で近時の医療事故調査制度と比べてみると、「産科医療補償制度と医療事故調査制度」の比較表にある通り、産科医療補償制度はいかんせん旧来型スキームなので、既に古くなってしまった感は否めない。

紛争の防止・早期解決の制度目的は大失敗

医療事故調査制度と比べて、産科医療補償制度は10年前の古いスキームに固執していたため、産婦人科だけが他の診療科から孤立してしまった。

医療安全の推進のための制度であるから、インシデント・レポートと同様に、秘匿性の原則に基づき非公表は当然である。ところが、産科医療補償制度では原因分析報告書の要約版を9年間も公表し続けてきた。やっと2018年8月1日になって、個人情報保護法違反の疑いのために公表を停止したとはいえども、未だ基本的な公表指針は恒久的に転換してはいないらしい。インシデント・レポートや医療事故調査制度と同じように、一刻も早く非公表の原則に大転換すべきであろう。

現に、医療事故調査制度が訴訟その他の紛争を誘発していない現状に比べて、産科医療補償制度は訴訟その他の紛争を誘発している。産科医療補償制度が開始されてから丸9年の間を前半期と後半期に分ければ、重度脳性麻痺に関する訴訟件数は後半期の件数(34件)が前半期の件数(17件)の2倍に急増し、産婦人科全般に占める重度脳性麻痺の訴訟件数の割合も前半期の4・6%から後半期の15・7%へと3倍増してしまったらしい。つまり、産婦人科全般の訴訟件数は激減したにもかかわらず、ひとり産科医療補償制度絡みの重度脳性麻痺に関する訴訟だけが2倍増・3倍増してしまったということである。

産科医療補償制度は、「紛争の防止・早期解決」をその目的の一つとして創設された。しかし、甚だ残念なことに、その点では完全な失敗であったと評価せざるをえない。

(比較表)産科医療補償制度と医療事故調査制度
  産科医療補償制度 医療事故調査制度
対象 産婦人科のみ すべての診療科
原因分析方法 第三者の原因分析委員会 院内の事故調査委員会
報告書の交付 強制 任意
公表の有無 公表(今は公表停止) 非公表(秘匿性)
訴訟数 増加傾向 減少傾向

大幅な手直しが必要な原因分析の方法と報告書の扱い

「紛争の防止・早期解決」そのものを制度創設の目的としようということ自体、いかにも旧来型のスキームであり、無理があろう。

医療安全の推進だけを目的としつつ、可及的に紛争を引き起こさないようにすること(紛争惹起の副反応の防止)も配慮するのが現代的なスキームであり、これこそが医療事故調査制度のスキームである。ここでは、秘匿性と非懲罰性の2つが重要な柱として欠かすことができない。

医療事故調査制度においては、事故調査委員会は第三者が中心ではなく、院内が中心である。また、院内事故調査報告書の患者家族側への交付は任意であり、交付してもしなくてもよい。

これに対して、産科医療補償制度においては、すべての原因分析が第三者の原因分析委員会で行われ、そこで作成された原因分析報告書の交付は強制的である。したがって、原因分析の方法も報告書の扱いも、大幅な手直しが必要だと言ってよい。院内の原因分析委員会によって原因分析が行われる方法に改め、そこで作成された原因分析報告書の患者家族側への交付も任意の扱いとすべきなのである。

今後の改善

産科医療補償制度は、「重度脳性麻痺児とその家族の経済的負担を速やかに補償」する点において、極めて優れた制度であると評価してよい。それだけに、「紛争の防止・早期解決」の大失敗は惜しいところである。

この10年を検証した上での今後の改善としては、原因分析の方法と報告書の扱いを改めて、医療事故調査制度に準じたものを指向していくことが必要であろう。

(『東京保険医新聞』2018年11月15日号掲載)