【視点】民営化では水道事業の公共性を守ることはできない

公開日 2018年12月04日

アクアスフィア・水教育研究所代表 橋本 淳司
武蔵野大学非常勤講師
近著に『水がなくなる日』(産業編集センター)など


▼水を巡る覇権争い
「日本人にとっての水問題は、日本人が水問題の重要性に気づいていないことだ」。外国人ジャーナリストや開発途上国の水支援に関わるNGO職員に何度かこう言われた。実際「あなたにとっての水問題は」と問いかけると「水道水がまずいのだが、どういう浄水器をつけたらいいか」「健康になれるミネラルウォーターがあったら教えてもらえないか」などと反対に質問される。外国人ジャーナリストの言葉を借りれば「日本人の悩みは贅沢」だ。現時点で世界の20億人以上が、安全でない水を飲むことを余儀なくされている。蛇口を捻ればあたりまえのように水が出る国の住人は、そうした問題を実感できない。

世界的に水不足が深刻になるにつれ、誰が水源や水管理を握るかという覇権争いが同時に起きている。トルコは1980年代後半、自国を流れる川の水をパイプラインでアラブ諸国に提供しようとした。狙いはかつてのオスマントルコ領に水を配り、政治的影響力を拡大すること。だが、いったん他国から水を買うと、価格上昇や給水停止の可能性もある。安全保障の観点からアラブ諸国は断った。ジョホール海峡にはマレーシアからシンガポールへ伸びる送水管がある。シンガポールは水の大半をマレーシアに頼ってきた。しかし両国の関係がぎくしゃくするたびに、マレーシアは水供給の停止をチラつかせた。近年マレーシアが水の値上げを迫ったのをきっかけに、シンガポールは雨水活用、海水淡水化、下水再生などを駆使して自給率を高めている。水供給を他者に依存すると自治が脅かされるのである。


▼水を他人任せにするのは危険
第196回国会では水道事業に関連する法改正が行われた。1つは改定PFI法。高速道路、空港、上下水道など料金徴収を伴う公共施設について、所有権を公に残したまま運営権を民間に売却できる。とくに上下水道事業については導入インセンティブが設けられ、地方公共団体が過去に借りた高金利の公的資金を、補償金なしに繰上償還1)できることになった。
もう1つは水道法改正案の衆議院での可決(会期切れで継続審議)。水道法改正のおおまかな内容は、施設の老朽化や人口減少で、経営困難になった水道事業の基盤強化を進めるというものだが、問題視されたのはPFIの一手法である「コンセッション」2)の導入について定められた第24条だ。

竹中平蔵・東洋大学教授は、「水道事業のコンセッションを実現できれば、企業の成長戦略と資産市場の活性化の双方に大きく貢献する」などと発言してきた。メディアの多くは「水道事業の危機を回避するにはコンセッションしかない」と報道し、それに同調する首長、地方議員も多い。しかし、事業を受託する企業にとっては給水人口が多く、今後も減少しない自治体こそがうまみがある。したがって規模の小さな自治体の問題は、この方式では解決しない。

そして、コンセッションで水道事業運営を受託するのは多くの場合、外国企業になるだろう。2013年4月19日、麻生太郎副総理は、米国戦略国際問題研究所で「世界中ほとんどの国で民間会社が水道を運営しているが、日本では国営もしくは市営・町営である。これらをすべて民営化する」と発言。以降、水道事業のコンセッションの担い手であるグローバル水企業は日本に熱視線を送ってきた。


▼情報の不開示と料金の上昇
シラク元大統領はパリ市長時代の1985年、水道事業の運営をヴェオリア社、スエズ社に任せた。両者は水道事業運営のノウハウを蓄積し、国内市場が飽和すると、トップ外交によって海外進出を図り、世界各地の水道事業運営を行っている。しかし、お膝元のパリ市水道は10年に再公営化された。経営が不透明で、正確な情報が行政や市民に開示されず、水道料金は1985年から2008年までに174%増。再公営化後の調査で、利益の過少報告(年次報告7%とされていた利益は実際には15~20%)が発覚した。

このように一度水道運営を民間に任せながら、再度公営化した事業体は2000年から2017年の間に、267事例ある。フランスでは、保守政党が支配的なニース市が再公営化(2013年)しており、革新勢力だけが再公営化を望んでいるわけではない。そのほか、ドイツのベルリン市、アメリカのアトランタ市、インディアナポリス市などの事例がある。いずれのケースでも、公共サービスを民間企業に長期間、独占的に任せたことで、行政や市民には情報が開示されず、金の流れは不透明になった。

しかしながら、再公営化は簡単ではない。譲渡契約途中で行えば違約金が発生するし、投資家の保護条項に抵触する可能性も高い。ブルガリアのソフィア市では再公営化の動きがあったものの、多額の違約金の支払いがネックとなってコンセッションという鎖に縛り付けられたままだ。

日本の水道法改正の大半の内容は、水道事業の基盤強化を進めるものだ。事業の現状把握と将来予測、そして適正規模化を促している。そこに突如入ってきたコンセッション。次期国会では他国の失敗を検証しつつ議論されることを望む。同時に水道事業の責任者である首長が、水の自治に真剣に取り組むことを望む。

1)財政融資資金の貸付けは、繰上償還(前倒し返済)を原則認めていない。繰上償還は、繰上償還に伴って生じる利息収入の損失に対応する補償金の支払いが、確実に行われるときに限定されている。

2)コンセッションとは、高速道路、空港、上下水道などの料金徴収を伴う公共施設などで、施設の所有権を発注者(公的機関)に残したまま、運営を特別目的会社として設立される民間事業者が行うもの。広義の公設民営方式。

(『東京保険医新聞』2018年9月5日号PR版掲載)

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