【視点】高齢社会の財産問題を考える

公開日 2018年12月06日

東京保険医協会・理事 広報部 櫻井 正美

高齢者資産・政府の狙い

 フィナンシャル・ジトロジェロンーとは

 「金融老年学」と訳されている。すでに米国で始まっているからだ。もともとは金融庁の「金融行政方針」(2017.11)において、初めて公的語として使用されたのが始まりとされている。

 同方針は、「高齢投資家の保護については、これまでも販売会社における態勢整備が進められているが、フィナンシャル・ジェロントロジー(金融老年学)の進展も踏まえ、よりきめ細かな高齢投資家の保護について検討する必要がある」として、「世帯主が60歳以上の世帯が全世帯の家計金融資産の6割以上を保有し、金融資産のほかにも住宅や土地などの実物資産を多く保有している」ことを指摘。「退職世代の金融資産の運用・取崩しをどのように行い、幸せな老後につなげていくか」と、高齢者が所有する資産運用の転換を求めている。

 さらに「高齢社会対策大綱」(2018.2.16閣議決定)において、「高齢期に不安なくゆとりある生活を維持していくためには、それぞれの状況に適した資産の運用と取崩しを含めた資産の有効活用が計画的に行われる必要がある」として、金融老年学を踏まえて、「認知能力の低下など、高齢期にみられる特徴に一層の対策を図る」としている。今年度の内閣府『高齢社会白書』を少し長いが引用する。

 「▽一億総活躍社会の実現に向けて―我が国の構造的な問題である少子高齢化に正面から挑み、『希望を生み出す強い経済』、『夢をつむぐ子育て支援』、『安心につながる社会保障』の『新・三本の矢』の取組を通じて『一億総活躍社会』の実現を目指す▽資産形成等の促進のための環境整備―勤労者財産形成貯蓄制度の普及等を図ることにより、高齢期に備えた勤労者の自助努力による計画的な財産形成を促進する。確定拠出年金について個人型確定拠出年金の普及を引き続き進めるとともに…年金資産として高齢期の所得確保に資するべく加入者等の運用指図を支援するため、運用商品提供数の上限の設定や継続投資教育の努力義務化などの確定拠出年金の運用の改善にも取り組む。確定給付企業年金については、リスク分担型企業年金制度等の周知を行うとともに…運用の基本方針及び政策的資産構成割合の策定の義務化などを内容としたガバナンスの見直しを実施するなど、私的年金制度の一層の普及・充実と適切な運営の促進を図る▽資産の有効活用のための環境整備―高齢社会における金融サービスの課題として、資産を計画的に運用しながら取崩す金融商品・サービス、資産や事業の円滑な承継及び『フィナンシャル・ジェロントロジー』」を進める。

 

 個人金融資産の6割60歳代以上が所有

 わが国では高齢者の個人金融資産が多く60代以上で全体の60%、1,000兆円超を持っているとされる。高齢者の生活認識や金融資産などの実態をみてみよう。

 日銀の資金循環統計によると、個人(家計部門)が持つ金融資産の残高は、2017年度末で前年度末比2.5%増の1,829兆円だった。60歳以上が1,000兆円超、約60%を保有、25年前の2倍という。資金循環統計は様々な統計指標を日銀が集計整理したもので、直ちに個人金融資産を表すものではないことに留意が必要だ。ちなみに安倍・黒田体制アベノミクスの5年間で公的債務残高は1,000兆円を超え、5年前の2.5倍に達している。

 平均貯蓄額はどうだろうか。17年の2人以上世帯では(2人世帯の構成は不明)、1世帯あたりの平均貯蓄額が平均値1,812万円、中央値で1,074万円となった。2人暮らしの勤労者世帯では、平均貯蓄額の平均値が1327万円、中央値が792万円でやや低い(株式や債券、投資信託などの有価証券や資産性のある生命保険など。投資用も含めた不動産などは含まない)。70歳以上は2,385万円(うち負債121万円)、60代の平均貯蓄額平均は1,812万円(うち負債517万円)だった。

 60歳以上の者を対象に行った総務省の調査では、経済的な暮らし向きについて「心配ない」(「家計にゆとりがあり、まったく心配なく暮らしている」と「家計にあまりゆとりはないが、それほど心配なく暮らしている」の計)と感じている人の割合は全体で64.6%。年齢階級別にみると、年齢階層が高いほど「心配ない」の割合は高く、80歳以上では71.5%となっている。日常的な生活実感とはやや異なる印象だ。

 高齢者世帯の所得はどうだろうか。高齢者世帯(65歳以上の者のみか又はこれに18歳未満の未婚の者が加わった世帯)の平均所得は308万円で、全世帯から高齢者世帯と母子世帯を除いたその他世帯(644万円)の5割弱となっている。世帯人員の平方根で割った平均等価可処分所得では高齢者世帯は216万円で、その他の世帯(303万円)と比べて87万円低い。これらの結果をどう見るか難しいところだ。

 一方、高齢者の生活保護の現状はどうだろうか。生活保護は約164万世帯、65歳以上の「高齢者」は約88万世帯。うち単身世帯が約80万世帯で受給世帯全体の約半数を占める。65歳以上の高齢者世帯が増え続けており、特に約9割を占める単身世帯が増加している。政府は、今までの生活保護受給額では国民の理解が得られないとして、156億円の減額に踏み切った。

 個人金融資産にしても平均貯蓄額にしても、総額や平均であり高齢者の財産、経済、生活実態を正確に把握することは難しい。人が高齢や病によって、心身共に衰えた時の生活の維持や財産問題をどうするか。病気や認知症に伴い財産管理を自身でできなくなっている。しかし、成人後見人制度や市民後見人の利用はあまり進んでいないのが現状だ。お金があっても本人のために使えない、不動産が処分できない、相続手続きができないことや、後見人、財産管理者などとのトラブルも後をたたないという指摘もある。また700万戸とも800万戸とも言われている空き家問題や所有者不明土地問題も深刻だ。少なくないケースで高齢者の財産問題が背景にあると考えられる。

 

 取り組みは誰のためか

 こうしたなかで「フィナンシャル・ジェロントロジー」(金融老年学)の取り組みが、官民一体となって取り組まれようとしている。

 寿命延伸に社会的な関心が高まるなか、高齢者の「資産寿命」についても、適切に管理できるような仕組み作りを謳っている。慶応義塾大学が野村ホールディングスと共同で設立した「ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター」のセンター長で、同大学教授の駒村康平氏はその取り組みについてこう述べている。

 「問題なのは、高齢者の資産の中に、株式や投資信託、外貨貯金、不動産といったリスク性資産、すなわち『購入した金額よりも価値が下がるリスクを含んだ資産』が多く含まれているということ。本来、こうした資産は若い人が持つべきです。なぜなら、未来のある若い人たちは、投資で損をしても取りもどすだけの機会がありますから。ところが、若い人は資産を持っていないので、結果として高齢者にリスク性資産が集まってしまうのです」

 「高齢者が資産を盛んに運用するなら、それほど問題にはならない。しかし、人は加齢とともに認知能力が低下し、結果的に運用パフォーマンスが落ちる。次第に株式などへの投資の能力は落ちていく。資金の運用が不活発になった預貯金のみの状態では、投資は減少して経済が停滞する」

 バブル崩壊以降、官民一体となって貯蓄から投資へと喧伝した。上場企業株式の外国人保有比率は高止まりを見せている。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)や日銀の上場株式や投信への比率が高まっている。事実、上場企業での日銀の「大株主化」が目立つようになっている。

 そこで高齢者が持っている金融資産などを流動化させ金融市場の活性化を図る。合わせて、高齢者、認知症の増大に対処する―こんな意図が見え隠れする。安心できる「社会保障」がなければ、高齢者の「財産問題」の本質を捉えることは難しい。今後の取り組みを注視する必要があろう。

 

(『東京保険医新聞』2018年9月25日号掲載)

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