【視点】都条例と改正健康増進法の限界

公開日 2018年12月07日

東京保険医協会理事 奈良岡 美惠子

~受動喫煙防止と世界水準を考える~

 

●はじめに
 タバコはマヤ文明の宗教的儀式で使われていました。神から民へ、その中毒性ゆえ人種をこえ世界に拡散されていきました。英国では90年も前から禁煙にとり組みました。日本はまだ条件付き受動喫煙防止レベルです。それでも一歩進んだことは評価したいと思います。
 改正健康増進法は当初より腰がひけている内容となりました。都条例も曖昧さが残りました。ただ双方とも罰則規定ができました。世界は屋内完全禁煙化、日本は分煙化です。完全禁煙化へのハードルが高い理由を考えてみたいと思います。


※タバコとたばこ 
 タバコとたばこの表記の違いについて。タバコはもともとポルトガル語の「tabaco」外来由来であるので、タバコと片仮名で表記します。日本政府自体がひらがな表記としているので、条例などは「たばこ」となっています。
 タバコ産業は「日本に根付いた文化である」ことを強調する意図があるため、ひらがなを用います。禁煙関連学会、医師会等ではタバコと統一しています。


※タバコの歴史
 タバコは、マヤ文明の宗教的儀式に使ったのが起源といわれています。1492年西インド諸島に到着したコロンブスが先住民族から乾燥タバコの葉を渡され、やがて世界中に広まりました。コロンブスは関心を示しませんでしたが部下の一人が先住民族をまねて吸ったところ、たちまち虜になって「自分の意志ではやめることは難しい」と答えたと言います。
 江戸時代には、たばこ禁止令が出ても吸う人は減らず、禁止令は形骸化していきました。既に貝原益軒『養生訓』には、タバコは毒、習慣性があり近づくなと記していました。その後タバコは戦争とともに利益を生み出すものとして歩みます。
 日露戦争のころ、タバコ税は国家歳入の10%を占め、貴重な財源となりました。1949年(昭和24年)日本専売公社が発足しました。1965年(昭和40年)の喫煙率は男性82・3%、女性15・7%でした。1985年(昭和60年)日本たばこ産業株式会社と民営化されました。専売公社は塩は手放し、タバコは残しました。


※タバコ天国の日本
(1)財務省とJTの濃い関係、税収優先、どこでも買える
 世界の禁煙運動は、90年前に英国ではじまりました。米国では50年前です。「タバコは肺がんに関係する」という理由からです。日本が遅れをとったのは、日本たばこ産業株式会社(以下JT)の株を財務省が保有している事が大きな理由だと思います。JT株は財務省が33%保有、取締役選任・事業計画あらゆることに財務大臣の許可が必要です。政府が株主のタバコ会社は世界中どこにもありません。
 全国5,900戸ある葉タバコ農家から、JTは国際標準価格の3倍の価格で買い取っています。健康推進より税収優先です。タバコの税負担は6割(①国たばこ税24.1%+②地方たばこ税27・8%<道府県たばこ税3・9%+市町村たばこ税23・9%>③たばこ特別税3・7%④消費税7・4%)市町村長の税収として大きな利益になっています。


2)どこでも売っている、ほらコンビニで!
 タバコはどこで買いますか?禁煙外来で「コンビニ」で買いますがダントツです。2016年9月厚生労働省が発表した「喫煙の健康影響に関する検討会報告書」によると、タバコ販売の2/3はコンビニで、コンビニの売り上げ全体の約1/4を占めるのです。


(3)国とJTがタイアップして分煙活動をしている
 改正健康増進法をみすえてJTは分煙コンサルタント、JTの社員が無料相談に応じています。また厚労省は喫煙室を作る店に、受動喫煙防止対策助成金制度を設けました。完全禁煙店を援助するほうが理にかなっていると思いますが。


(4)自民党たばこ議連の存在
 禁煙対策に強く反対意見を唱える国会議員の先生方がいます。自民党たばこ議員連盟総勢約300人、与野党の喫煙議員がつくる「もくもく会」という組織もあります。官公庁を禁煙にすると先生方は国会内で吸えなくなります。
 結局、改正健康増進法では、国会議事堂内控室タバコ可・議員会館各階設置の喫煙室、事務所内もタバコ可となりました。上記の議員たちの多くは、タバコ産業から政治献金を受けています。連盟の基本理念は「タバコは合法嗜好品、吸う人の権利を守れ、分煙先進国をめざそう」とあります。


※FCTCは素晴らしい
 WHOによる「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約 FCTC」は2005年に発効されました。日本はすでに2004年に世界で19番目の批准国となっています。主要な項目として4項選びました。


第8条 飲食店を含む屋内施設を完全禁煙化することによる受動喫煙の防止
 ―とあります。批准したのですから実行してください。受動喫煙、サードハンドスモーク(残留受動喫煙)により即時型アレルギーがでる人もいます。喘息発作、頭痛、眩暈などです。で、筆者はこの反応がでて大変苦しい思いをしています。ツロブテロールを貼付しながら診療をする事もあります。

◎第11条 健康被害についての警告表示の強化
 世界各国のタバコの箱をみると、日本は文言のみ。ブラジルのように現実を直視させる写真にすること。正しい情報を知らせましょう。

◎第14条 禁煙治療の普及
 2006年より禁煙治療が保険適応になりました。ニコチン依存症はメンタルフォロー、動機付け面接法などの技法も駆使する遣り甲斐ある治療です。禁煙ポスターを貼っておくだけでも違います。卒煙の時の笑顔、皆さん達成感に溢れています。それをみる治療者も嬉しい瞬間です。

◎第16条未成年への販売禁止
 明治30年に20歳未満の者の喫煙は「未成年者喫煙禁止法」で禁止されました。
子どもがタバコを買う場所は、大人と同じでコンビニです。年齢確認ボタンも設置してあってもとても役立っているとは思えません。
世界の趨勢からは、タバコをコンビニで販売していること自体が禁止法に違反していると思います。


※受動喫煙防止の現状世界と比較して
 2018年7月18日に成立した改正健康増進法が施行されました。しかしながら2017年WHOの調査によれば、世界186カ国中、公衆の集まる場所8カ所(①医療施設②大学以外の学校③大学④行政機関⑤事業所⑥飲食店⑦バー⑧公共交通機関)に屋内全面禁煙義務の法律がある国は55カ国。
 屋内完全禁煙義務の法律は今回の改正健康増進法にはありません。国際レベルで日本は最低のままです。禁煙場所8種類すべて網羅している国は①英国②カナダ③ロシア④ブラジルです。
 改正健康増進法・東京都受動喫煙防止条例は、ともにすべての施設で喫煙可の場所に未成年の立ち入り禁止が決まりました。東京都子どもを受動喫煙から守る条例も、2018年4月に施行され家庭内・車内で禁煙となりました。18歳未満の子どももいかなる場所でも受動喫煙不可となりました。罰則規定はありません、努力義務ですが前進だと思います。国際レベルからは後進国の感はありますが、喫煙率も3割をきり20歳代の喫煙率は23・3%となりました。教育機関でのタバコ教育の浸透もあります。
 一方でタバコ会社の労働力として、子どもたちが劣悪な環境で作業させられていることも知っていただきたいです。タバコは自傷他害の物質です。子どもの未来を奪ってはなりません。


●おわりに
 改正健康増進法、東京都受動喫煙防止条例を今後どう活かせるか、2018年は分煙から禁煙への布石の年になりました。加熱式タバコは改正健康増進法・東京都受動喫煙防止条例ともに保留扱いになっていますが、すでにニコチンなどの有害物質の報告があります。FDAの許可が下りなかったアイコスは、アメリカでは販売されていません。
 加熱式タバコを吸っている若者も多く、「日本での人体実験」の犠牲者とならないよう警告する必要があります。分煙は意味ありません。完全禁煙、そして世界からタバコを消滅させることが筆者の目標です。

 

(『東京保険医新聞』2018年10月5日号掲載)

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