シンポジウム「人生の最終段階ガイドライン 臨床現場への影響を考える」を開催

公開日 2019年02月07日

190205_01_「人生の最終段階ガイドラインを考える」シンポジウム

地域医療部は1月19日、シンポジウム「人生の最終段階ガイドラインを考える」をセミナールームで開催し、60人が参加した。本シンポジウムは、厚生労働省が2018年3月に改訂した「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(厚労省ホームページ)が、臨床現場(延命医療や終末期医療)にどのような影響を及ぼしていくのか。また、医療従事者と患者・家族はどのように“人生の最終段階”と向き合うことになるのかを検証するために企画した。

シンポジストには、(写真左から)会田薫子氏(東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター上廣講座特任教授)、川口有美子氏(特定非営利活動法人ALS/MNDサポートセンターさくら会副理事長)、鈴木森夫氏(公益社団法人認知症の人と家族の会代表理事)の3氏を招き、中村洋一協会理事が医師の立場から発言すると共に、司会を務めた。

会田 薫子 氏―ACPは対話のプロセス

会田氏は臨床倫理学、臨床死生学の研究者の立場から講演した。改訂ガイドラインが推奨するACP(※)は、患者の意思を「点」ではなく「線」で捉える対話のプロセスであり、患者本人と家族と医療・ケアチームのコミュニケーションを促進するものであると解説した。ACPをめぐり医療現場で「ACPを取る、書く」などの誤った言葉が使われているが、ACPは絶えず実践されていくものであり、「ACPを行う/実施する」という言葉が最も適切な使い方であると強調した。

また、終末期の緩和ケアについて、胃ろうをはじめとした「人工栄養法」をめぐる医師の意識の変化を紹介した。日本老年医学会は「人口栄養の意思決定プロセスガイドライン」を発表しており、患者本人の最善をめぐってよりよいコミュニケーションを取り、納得できる合意形成/共同の意思決定を図っていくことが、臨床倫理の要諦だとした。改訂ガイドラインは、ACPの担い手である医療・ケアチームが、それぞれ高度な職業倫理を持っていることを前提としていると述べた。

川口 有美子 氏―ACPが患者への圧力に

川口氏はALS(筋萎縮性側索硬化症)の母親を介護した経験を元に、難病患者とその家族をサポート・支援する立場から講演した。ALS患者が置かれている状況について、胃ろうや人工呼吸器に依存せざるをえず、終末期ではないのに、終末期に見做されてしまいがちであり、日本のALS患者の3割強が、人工呼吸器を付けて長期生存できるのは、診療報酬が在宅人口呼吸療法をカバーし、家族が捨て身で介護してきた成果であると指摘した。

難治性疾患の患者は、療養体制に対する不安や家族の負担となっている自分の存在に悩んでいる。症状が悪化していくなかで、絶望や死への欲求に駆られることもあり、その気持ちは日々大きく揺れ動いている。ACPの導入によって、人工呼吸器の取りはずしなどの治療停止が可能になるなかで、介護する家族が疲弊し、療養がうまくいかなければ、「死にたい」と言わざるを得なくなり、ACPが単なる手続きになってしまう恐れがあると述べた。ALS患者の生命は、その国の医療福祉政策に大きく左右される。生きたいなら生きられるという条件が整えられていない状況では、ACPのプロセスが患者に死を選ばせる圧力になりかねないと懸念を示した。

鈴木 森夫 氏―自分の気持ちを言えない恐ろしさ

鈴木氏は認知症の人とその家族をサポート・支援する立場から講演した。胃ろうの導入をめぐる家族の思いを紹介し、認知症の人とその家族の置かれている状況は個別性が強いと指摘した。その上で、認知症の場合、本人の意思決定が明確にできる段階と、病状が進行し意思決定が困難になる段階では、本人の選択は全く異なるものになる可能性がある。認知症の場合は、家族の介護も長期化し、どの段階が「最終段階」であるかの判断がとても難しいと述べた。

社会保障費が削減されるなかで、認知症の人と家族の生活状況は厳しさを増している。経済的な理由から、自分の長生きは家族にとって迷惑だと感じ、ACPのプロセスのなかで自分の本当の気持ちを言えなくなる恐ろしさがあると指摘した。

中村 洋一 理事―医師への依存大きい

中村理事は、在宅医療の実例を取り上げながら、緩和ケアや終末期医療のあり方について問題提起した。患者本人と家族を支える医療・ケアチームにおいて、医師の果たさなければならない役割は非常に大きい。正確な医療情報の提供と合わせ、患者と家族の気持ちが日々変化する中で、カンファレンスの場所と時間を確保しながらチームで取り組むためには、関係者のストレスも多くならざるを得ない。医療介護政策の充実が不可欠だと協調した。

「患者の権利」擁護を

パネルディスカッションでは、ACPを行う上での課題、胃ろうに対する評価、安楽死をめぐる諸外国の動き等について討議した。「日本において患者の権利を擁護する法律がないのが最大の問題だ」、「改訂ガイドラインとACPは理想の形を示しているが、それを実践していく前提となる社会基盤、医療福祉政策が整っていない」等の意見が出た。

ACP(アドバンス・ケア・プランニング)とは・・・
 人生の最終段階の医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセス

(『東京保険医新聞』2019年2月5日号掲載)