【視点】県民投票に思う

公開日 2019年05月16日

民主主義はたたかわないと勝ち取れない

沖縄県保険医協会 会長 仲里 尚実


 昨年の県知事選に引き続き、今年2月の県民投票でも、全国の保険医協会の皆さんから多大な人的・物的なご援助をいただき心から感謝いたします。

 正直に告白しますと、昨年「辺野古新基地建設(辺野古の海の埋め立て)の是非についての県民投票」が提起された時、私は「なぜ今さら?」と思いました。すでに4年前の県知事選で「普天間の辺野古への移設反対」で翁長氏が圧勝、その後の衆院選で県内のすべての選挙区でオール沖縄代表が勝利し、参議院選も同様だったからです。

 すでに沖縄の民意は明らかであると考えました。辺野古(テント村・ゲート前)へ月1回だけですが数年間通っています。ゲート前で指導者は「今はできるだけ多くの人が現場に来てほしい」と訴えていました。私も「県民投票実施のために費やされる人的・金銭的な量を考えると、年に1、2度でもいいからここに来てもらったほうが埋め立てを阻止する力になる」と考えていたのです。

 同時に別の声も聞こえました。「埋め立てに反対である。しかし仕事・高齢その他いろんな事情で現場に行きたくても行けない。何らかの形で意思表示をしたい。県民投票を実現させたい」。

 2018年5月、元山仁士郎氏が代表を務める市民団体「『辺野古』県民投票の会」が県民投票に向けた署名集めを開始。9月、必要数となる有権者の50分の1(約2万3千筆)の約4倍にあたる9万筆以上の署名を集めて県議会への条例案提出を直接請求し、県議会は(埋め立てに)「賛成」「反対」の県民投票条例を県政与党多数で10月末に決議しました。

 この間に翁長知事が急逝(8月)し、前倒しとなった県知事選挙で「辺野古新基地建設反対」を明確にした玉城デニー候補が、私たちも驚く県知事選挙史上最高得票で当選しました(9月)。

 この経過のなかで私は「県民投票は不要ではないか」とさらに思いました。ところが事態は一挙に急展開。県内11市のなかの5市長(うるま・沖縄・宜野湾・石垣・宮古島)が県民投票“不参加”を表明したのです。当該市民の有権者数は県内の30%以上。民意に逆らい辺野古埋め立てを強行する安倍政権の意図を受けてか、忖度してかは分かりませんが、明らかに「辺野古埋め立て反対は県民の民意とは限らない」と全国に発信することになります。さらに衆議院議員の宮崎政久氏が「県民投票不参加の指南」までレクチャーしていたことが暴露されました。

 この瞬間から私は考えを変えました。市民の投票で選ばれた市議会議員や市長がその市民の投票権を奪ってしまうのは全く正当性が認められず、憲法で保障された“表現の自由”を剥脱する最悪の行為であると憤りました。当然のことですが当該市長のもとには電話・FAXでの抗議が殺到しているとの報道でした。不完全燃焼だった“火に油を注いだ”結果となったのです。

 元山代表が抗議のハンガーストライキを宜野湾市役所前で決行(105時間でドクターストップ)したのも衝撃でした。非暴力での闘いの究極の姿です。インド独立の父・ガンジー、沖縄の「カメさん」こと瀬長亀次郎、伊江島の阿波根昌鴻らがすぐに思い浮かびますが、元山代表は若干27歳です。

 これを見て多くの若者たちが覚醒しました。5市長の“拒否”に怒りの世論は急速に“燎原の火”と変わったのです。県会議長と議会の構成各会派も動き出し、知事も動きました。そして全県投票が実現することになりました。

 結果はご存知の通り。2月24日の投票者の7割以上の44万票を獲得しました。これは玉城デニー知事が昨年9月の知事選で獲得した歴代最高の39万票を大きく上回っています。もちろん全有権者の4分の1を超え、条例に基づき玉城知事は安倍首相と米政府に県民党投票の結果を通達しました。

 大浦湾側埋め立て予定海域の4分の1が“軟弱地盤”で、水面から最深90メートルに達することを、政府自身も(3年間隠し続けた後に)認めました。、地盤改良に7万7千本の砂杭(直径2m)を撃ち込む必要があると発表しています。このような深さの地盤改良は日本に実績はなく、施工できる工事船もありません。民意も天(自然)も辺野古埋め立てを許してないのです。

 それでも安倍政権の埋め立て強行は続いています。米軍政下の沖縄での強制土地接収と同じです。しかし「弾圧は抵抗を呼び、抵抗は友を呼ぶ」(カメジロー)。「負けない秘訣、それは勝つまであきらめないこと」(辺野古の合言葉)。

 本土の皆さんも「“普天間と辺野古”は全国民の問題である」「日本の民主主義の問題である」ととらえ始めました。県民の闘いは新たな質に変化したと感じています。

(『東京保険医新聞』2019年3月25日号掲載)