保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

【視点】「我が事・丸ごと地域共生社会」と富山型デイサービス

公開日 2019年05月30日

東京保険医協会 政策調査部長 須田 昭夫


▪ 人権としての生存権

 近代市民革命によって市民が国家の主役となってから、国家が市民生活に干渉しないように憲法が作られた。その後、産業革命によって経済規模が拡大し、巨大資本が現れた結果、貧富の格差が拡大して、個人の努力だけでは解決しきれない状況が注目された。生きることもままならない状況を救済するために、人権としての生存権という考えも必要だ。

 日本国憲法は、個人生活に国家が介入しないことを掲げているが、経済的弱者が健康で文化的な生活を送るためには、国家が介入して保護することも求めている。労働者個人では解決しきれない重要な生活課題としては、子育て、教育、労働、貧困、疾病、障がい、介護などがあり、社会制度の中で解決することが求められている。


▪「我が事・丸ごと地域共生社会」の目的は費用削減

 ところが社会保障費の負担を免れようとする政府は、地域の生活課題は住民自身が解決するべき問題だとしている。2016年7月に「我が事・丸ごと地域共生社会」実現本部が発足したが、その目的は福祉行政における公的責任を曖昧にして、自助・互助によって地域の生活課題を解決させようとするものである。

 具体的には、高齢者・障がい者・子どもなどへの公的サービスを融合し、それぞれの従事者の専門資格をないがしろにして、費用を削減する計画である。しかし福祉三法(生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法)や介護保険法のサービスの専門性を無視して、ボランティアや民間事業者などに任せたとき、サービスの質はどうなるのだろうか。

 少子高齢化社会では要介護、認知症、独居などが増加するが、介護する側の人数は減っている。政府は各種のサービスを集約し、職員の数と質を低下させて、社会保障費を削減する方針だ。すでに「地域包括ケアシステム」が考案され、病床の削減と患者の在宅化(施設からの押し出し)、そして介護の切り詰めが進められている。

 「地域包括ケアシステム」は、建て前では支援が必要な人たちが住み慣れた地域で、その人らしく暮らせることを謳っているが、目的は費用の削減である。

 だが、かつて要支援者の在宅生活を願った広島県尾道市の先駆的な試みは、福祉の費用が2倍にふくらんで頓挫した。諸外国でも、要支援者を在宅化させると、社会保障費がおよそ1・3倍になると報告されている。在宅化は福祉を充実させる一つの方法ではあるが、費用の削減は難しい。


▪ 富山型デイサービスとは

 「我が事・丸ごと地域共生社会」のモデルは富山県初のデイサービス施設「このゆびとーまれ」(富山市)であり、「富山型デイサービス」と呼ばれている。ここでは認知症のお年寄りが赤ちゃんをおぶってあやしたり、要介護度の高い高齢者の手を子どもが洗ったりして互いに支えあうという。障がい者が高齢者の食事を配膳することもあり、ボランティアも参加することが紹介されている。

 だが、このような施設は過疎地の人手不足を緩和するとしても、安全性が懸念される。ましてや「1年で黒字化できるフロンティアビジネス」などの甘言によって、営利事業者を募ることは安易すぎるだろう。


▪ 地域に丸投げされる国と地域の役割

 実現本部が社会保障について述べた文章がある。「工業化・都市化・核家族化のなかで、疾病・障がい・高齢、出産・育児などに対する地域や家庭の役割を、公的支援が支えてきた」のであり、今後の姿は「地域の住民や団体が、地域の課題を『我が事』として参画し、世代や分野を超えて『丸ごと』つながって、暮らしや生きがいを共に創っていく社会」だといい、これを「地域共生社会」と呼んでいる。

 まわりくどい説明ではあるが、社会保障における国と自治体の役割という、重要な要素を抜き去っていることは見逃せない。社会保障から「社会」をとり去ればただの保障になってしまい、国家の責任が地域に転嫁される。社会は「国家」の意味であり、地域社会を意味してはいない。社会保障費の自然増を毎年5000億円規模に抑えながら、国民の生活課題解決の責任を、地域にまる投げする政府の提言は無責任である。

 厚労省は「福祉分野だけでなく、保健・医療、権利擁護、雇用・就労、産業、教育、住まいなどの相談窓口を一本化し、地区社協、地域包括支援センター、相談支援事業所、地域子育て支援拠点、利用者支援事業、社会福祉法人、NPO法人等に担当させる」としている。窓口の一本化は便利だが、責任の所在はますます不明確になる。


▪「富山型」の全国展開は妥当なのか

 富山県という地域性についても考えてみたい。47都道府県の中で、富山県は一人当たり県民所得が6位、勤労者世帯の実収入が4位、持ち家率と家の面積が第1位である。なんと、3世代同居が一般的で、子育てには祖父母が協力、子どもの学力は全国トップレベル、自治会・町内会・老人会などの地域活動も活発である。男女共働きが一般化しており、女性の正社員比率は全国1位、女性が働く基盤ができている。

 ところが女性の管理職割合は全国で下から7番目。女性はお茶くみなどの雑用を押し付けられ、家事労働・家庭教育などの担当はもっぱら女性で、介護労働は女性の責務と考えられてきた。富山の女性の社会的地位はけっして高くない。富山型デイサービスは、雑役に耐えてひたすら献身的に働く職員を求めてはいないだろうか。


(『東京保険医新聞』2019年4月25日号掲載)