保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

【視点】術後せん妄―その予防と対策

公開日 2019年06月05日

平  俊浩(広島県/福山市民病院 精神科・精神腫瘍科)

 社会の高齢化とともに、侵襲の高い手術の周術期をいかに安全に管理していくかが活発に議論されるようになっており、麻酔科と歯科口腔外科医師、薬剤師と手術室看護師が入院前から患者のリスク因子に対する介入を行う周術期管理チームが多くの病院に導入されるようになってきている。

 当院ではせん妄の減少を目指して入院中に使用される睡眠薬の選択基準を見直し、入院前からの薬剤調整を目的に周術期精神科外来を2017年から開始した。

◎せん妄の対策は鎮静から予防の時代へ

 せん妄は過去にICU症候群とも呼ばれ、単に環境要因や治療上のストレスによる精神症状と誤解されることも多かった。しかし近年の医療安全に対する意識の高まりとともに、せん妄に関する研修の機会が増加し、「全身炎症や代謝障害、手術の侵襲などの身体要因や、薬剤(オピオイド、非ベンゾジアゼピン系を含むベンゾジアゼピン系薬剤〔以下BZ〕、麻酔薬、副腎皮質ステロイドなど)の影響で生じる、急性で変動する意識障害、認知障害」、つまり脳機能障害であることが一般身体科医師にも知られるようになってきている(表1)。

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 高齢かつ身体疾患が重篤であるほどせん妄の発症は高頻度となり、術後は70%の患者に、認知症を合併すると約90%の患者に発症するとも報告される。

 せん妄を発症した患者は発症しなかった患者に比べ長期に渡って認知機能の低下が進行し、転倒事故の発生が多く、平均在院日数や医療費が増大し、退院後の死亡率も上昇する。このため近年では、発症したせん妄を鎮静することよりも、せん妄を予防することが重視されるようになっている。

◎せん妄の予防的介入

 英国NICEのせん妄の予防的介入に関するガイドライン(2010)(表2)では、「認知機能と見当識の障害、脱水および便秘、低酸素、運動制限、感染、多剤併用薬物療法、疼痛、低栄養、感覚の障害、睡眠障害」に対して具体的介入を行うことが推奨されている。

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 すなわちせん妄の予防には看護師と医師だけでなく、薬剤師、理学・作業療法士、栄養士、心理職に加えて、介護現場と在宅においては介護職や家族も含めた多職種による包括的な患者支援が必要ということになる。

 この中でわれわれ医師が直接介入可能な項目に多剤併用薬物療法に対する薬剤の見直しがあるが、中でもBZの減量と中止は、せん妄予防対策の中では最も効果的な介入項目のひとつと考えられている。

◎BZを減量する難しさ

 しかしながら、患者が長く使用を続けているBZの減量や中止にはいくつかの困難さがある。

 第一に中断時の離脱症状が挙げられる。定められた用量内であっても、使用し続けて来たBZを急に中止した場合、反跳性不眠や焦燥感、悪心や振戦発汗、めまい、知覚過敏などの離脱症状が生じて中止が困難となることをしばしば経験する。この常用量依存はBZの3~4カ月の連用で形成されることが知られている。また、高用量のBZの急な中止では、離脱せん妄が生じることもある。

 このような依存によって生じるリスクを避けるために、英国やカナダ、フランス等欧州では既に30年近く前から投与期間を概ね4週間以内に限定するよう定められている。日本でも漫然としたBZの使用を減らすために、2018年度の診療報酬改定から「12カ月以上連続して同一の用法用量を処方した場合」の処方料と処方箋料の減算が始まった。

 既に依存を獲得している患者のBZの減量を進めていくには、背景にある不安や不眠の原因が現在どのような状況であるかを評価し、不安障害圏の病的不安に対しては、SSRI等セロトニン作動薬も活用して調整しながら、認知行動療法などの非薬物療法を実施することが望ましい。また、不眠に対しては睡眠衛生教育も指導しながら、新しい機序の睡眠薬(メラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬)に徐々に置き換えるなどの工夫が必須となる。

 第二に患者の変薬への抵抗が挙げられる。BZの減量や中止で得られる利益を患者が納得できるように説明できていないまま行った減量や中止は、離脱症状が生じなかったとしても「(勝手に変薬されて)眠りが浅くなったので戻してほしい」と患者に言われる結果に終わる事が多い。

 「変薬前に比べて中途覚醒は増えたがそれなりには寝ているし、年齢相当と言われればそうなのかもしれない。術後の安全のためならまあ我慢できるし困ることはないので大丈夫」などの成功体験に患者を導くには、「不眠症とは何か、どの程度寝ていれば生理的に問題ないのか、生活の工夫はどうすればよいか」などを話題にし、もし「薬を飲めば朝まで一度も起きないでぐっすり眠れるはず」「健康のために8時間睡眠を維持しないといけない」など、患者の中に睡眠医療に対する過度の期待や正常睡眠に関する認識の誤りがあれば修正することを含めて、コミュニケーションをしっかり取ることが重要となる。

◎新しい試み

 患者自身がBZの減量中止に価値を見出しやすい治療の枠組みとして、筆者は周術期に注目している。

 例えば、がん医療においては予定手術の入院までに4週間程度の期間があることが多い。この時期、外科医からは安全な周術期のために禁煙と禁酒を実行する必要性が説かれるが、多くの患者はこの難題を見事にクリアする。

 筆者も周術期精神科外来でBZのリスクを説明するが、多くの場合薬剤調整や変更に同意が得られる。その後の数週間でBZの見直しと減量、必要に応じて新しい機序の睡眠薬への変更を進め、手術までにBZの中止が可能となる症例も多い。また、当院では各科の入院患者に対する不眠時の約束処方の見直しが進んだ結果、この5年でBZの使用が半減し、新しい機序の睡眠薬の使用が増加した。興味深いことに、同時期から「術後せん妄で患者が大暴れすることがかなり減った」と外科医や看護師が周術期の変化を口にするようになった。

 実際に過活動型せん妄に対して使用される抗精神病薬の使用量も大きく減少していることを考慮すると、周術期のせん妄予防において、睡眠薬使用の適正化は院内を上げて取り組むに値する対策であると考えられる。

(『東京保険医新聞』2019年5月5・15日合併号掲載)