保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

【視点】医師のみに過労死ラインの2倍を容認!

公開日 2019年06月17日

 ―憲法理念に反する厚労省検討会報告書―

全国医師ユニオン代表 植山 直人

はじめに

 さる3月28日に厚労省の「働き方改革に関する検討会」が報告書を出したが、その内容は一部の医師に、過労死ラインの約2倍の1860時間の時間外労働を認めるものであった。これは、医師の健康と医療安全を無視するだけでなく憲法理念を無視する暴挙と言える。
 また、2036年に向けて地域医療確保のための例外をなくすとしているが、これに必要な具体的な手立てを全く示さない無責任な報告書となっている。

 

1.過労死ラインのほぼ2倍の長時間労働を合法化

(1)地域医療を守るための例外
 厚労省の検討会報告書は、年1860時間という過労死ラインの約2倍の異常な長時間労働を医師のみに負わせることを合法化するものである。地域医療を守るためには例外が必要であるとし、10%を超える医師が年1860時間を超えて働いているため、これを上限としたとされている。しかも、この時間にはオンコール(自宅での待機)時間は全く含まれておらず、自主的な研鑽も労働時間に含まれていない。
 本来であれば、医師数抑制政策がまねいた医師不足が長時間労働の原因であることを認め、その反省の上に立ち、医師数増員による抜本的な改革を示すべきであるが、この点については全く触れていない。
 日本の医師の長時間労働の元凶は当直問題にあり、国際的に常識となっている交代制勤務を導入しなければ本質的な働き方改革は望めない。

(2)研修医と高度技能の修得を目的とする医師の例外
 また、集中的技能向上を目指すことを理由に研修医と高度技能の修得を目的とする医師にも例外を設けるとし、これも時間外労働の上限を年1860時間としているが、その必要性や必要時間の根拠は全く示されていない。
 EUでは研修医も含めて週48時間労働が上限と定めれられており、若い医者は長時間働くべきであるとの考えはない。 
 過労死ラインを超える労働は、専業主婦を妻に持ち家事や育児を行わない前時代的な男性医師モデルとも言えるものである。若い医師には結婚や出産・育児等の社会的な役割を担ってもらう必要があるが、これを無視することは社会の再生産を阻害することになる。


2.憲法違反の可能性

 医師のみに過労死ラインの2倍の時間外労働を認める省令は憲法や労基法に反する可能性がある。日本国憲法第14条は国民の「法の下の平等」を定めている。また、労働基準法の第三条には「賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」と定めている。
 さらに、憲法第18条の「奴隷的拘束」の禁止や、憲法第25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」にも反するものである。

 

3.医療安全の無視

 報告書では連続労働の上限が28時間とされており、医療安全の視点が欠落している。
 起床後16時間を超えると人間の注意力は急激に低下することが明らかになっている。このため、EU諸国では交代制勤務を基本とし長時間の連続労働は行なっていない。
 日本においても、トラック運転手の連続労働は休憩や手待ち時間も含めて13時間(例外でも16時間)と労働基準局が定めている。
 仮に、当面28時間の連続労働が必要であるとしても、長期的には原則16時間以下とすることを目指すと明記するべきである。

 

4.絶対的な医師不足の解消

 報告書では4割の勤務医が過労死ラインを超えて働き、約1割が過労死ラインの2倍を超えて働いているとされている。これは日本の医師不足が単なる偏在ではなく、絶対的な医師数の不足であることを示している。
 日本はOECD平均より約3割医師が少なくなっている。すでに述べたように、異常な連続労働を止めるには交代制勤務の導入が必要であり、これに必要な医師数を増員しなければならない。医師のワークライフバランスを考えれば、長期的にはEU水準の働き方とする必要がある。

 

5.勤務医と開業医の協力の促進

 医師の働き方改革に関して、マスコミの記事に開業医バッシングともとれる見解が散見されるが、これは建設的な議論ではない。日本の医師の過重労働の根本原因は医療費抑制を目的とした医師数抑制政策にある。この点から見れば開業医と勤務医の区別はなく、医師増員に反対する医師は「医師の働き方改革」の抵抗勢力と言える。開業医は経営者であり過当競争を避けるために医師増員に反対しやすい面を持っているが、開業医でも過重労働に苦しんでいる者は少なくない。一方、勤務医の中にも、医師が不足している方が報酬が高くなるため、医師増員に反対する者もいる。
 つまり、開業医と勤務医の区別なく、過重労働に苦しむ医師は医師増員を求め、既得権益を持つ医師が医師増員に反対する傾向があるといえる。
 必要なことは「絶対的な医師不足と相対的な偏在」の解消であるが、当面は医療機関の役割分担が重要であり、病院医師が入院患者や重症の救急患者の治療に専念できるように、一般外来や一次救急を可能な限り診療所等に移す必要がある。このため、勤務医と開業医の協力関係の促進が重要である。
 一方、開業医の偏在が進行しており開業医がいなくなった地域では、軽症患者も全て病院に押し寄せることになり、病院はパンクしてしまう。国民の医療を受ける権利を守るためには、適切な開業医分布が必要であり、自由開業医制には一定のルールが必要であろう。

(『東京保険医新聞』2019年6月5日号掲載)