【視点】薬価の闇と費用対効果加算

公開日 2019年09月11日

薬価の闇と費用対効果加算

政策調査部長 須田 昭夫

 

 超高額な医薬品が注目されている。「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ばれる抗がん剤の高価格には驚いたが、同様の薬剤が次々と発売される可能性がある。不道徳といえるほどの高価格は、健康保険制度を崩壊させる恐れがある。日本の医療費に占める薬剤費は、約30%におよぶ高水準である。薬剤費の56%は新薬が占めており、近年の医療費の増加は、ほとんどが薬剤関係費によるものである。ところが、その医薬品価格の決定過程が不明朗だ。

 諸外国では、医薬品の価格を製薬企業が決定するが、日本では、保険適用価格として厚労省が決定している。高薬価への批判は厚労省に向かい、製薬企業への批判は軽減される。製薬企業が申請する医薬品は、類似薬を参考にして各種の「補正加算」を行い、価格が決められる(画期性加算70~120%、有用性加算5~60%、市場性加算5~20%、小児加算5~20%、先駆性加算(先駆け審査指定制度加算)10~20%など)。しかし加算には明確な基準がなく、不透明さが批判され続けている。

 新薬が画期的で類似薬がない場合には、「原価計算方式」で算定される。メーカーが申告する製造原価(または輸入原価)に、販売経費、研究費、流通経費、営業利益などを加算して、消費税を上乗せするが、すべての数字はメーカーの言いなりである。

 薬価算定組織は、委員長以外の氏名が非公表で、会議は非公開、議事録も作られない(とされている)。ところがこのたび、全委員12名の氏名が判明した。委員のうちの10名は製薬企業から1171~63万円の副収入を得ており、適格性には大きな疑問符がつけられた。しかし秋下雅弘委員長は、委員に裁量権はなく、薬価は厚労省任せである実態を語った。

 日本の新薬の価格は世界一高額といわれ、独・英・仏における薬局マージンや付加価値税込みの価格の、1・5~2倍だという調査結果がある。患者一人当たり年間3500万円という、高薬価が話題となったオプジーボの価格は、英国の5倍、米国の2・5倍であった。発売後の4年間で75%オフの価格にできたことは、薬価の正当性を疑わせるに十分であった。

 医薬品を発売してから15年以内に後発品がなければ、合剤化、用法・用量・適応症の変更、剤型の変更などは、新薬創出加算の対象となることができ、新薬が減らない理由になっている。米国政府の要求で導入された「新薬創出等加算」は、医薬品価格の上昇を加速させている。

 現在の制度を続ければ、高額医薬品が続々と出現するだろう。2019年2月に保険採用された新しい抗がん剤「キムリア」は、薬価が3349万円となったが、算定根拠はきわめて不明朗だ。単回投与で効果があると言うが、その場合の5年生存率は0%である。複数回投与やオプジーボとの併用などが検討されているが、莫大な費用になるだろう。「キムリア」の類似薬を研究する名古屋大学の小島教授は、「パテント料なしなら、200万円以下の治療が可能」だと語っている。パテント料売買のマネーゲームで薬価が膨らんでいる可能性があり、価格の決定過程を見直す必要がある。

 新薬の価格をことさら高騰させる、屋上屋を重ねる仕組みとして、2019年4月からは「費用対効果評価」が本格導入されることになった。すべての医療行為を、生命予後とQOLで評価する、「質調整生存年(Quality Adjusted Life years、QALYs、クオーリーズ)」という考え方だ。死亡を0、完全な健康を1とするQOLを1年ごとに評価し、生存年数を乗じて薬の価値を計算する。

 疾病には食欲、睡眠、排泄、苦痛などのさまざまな症状を伴うが、それぞれを漏れなく定量的に評価することは難しい。症状の改善が、薬剤の力によるという保証もない。もともと生存期間よりも尊厳を重視するQOLを、時間や経済を絡めて語ることには違和感がある。2019年7月末、既存の抗がん剤治療にキムリアを併用しても、生存期間が延長しなかったという報告により、BMS社の株価は下落した。

 すべての治療行為が、患者さんの生命力と治癒力を支えている。家族や友人、医療システムの存在も無視できない。医薬品だけを取りあげて、神のように崇める制度は、認められない。


(『東京保険医新聞』2019年9月5日号PR版掲載)