保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

【寄稿】五輪大会は安全を目指せ

公開日 2019年12月27日

五輪大会は安全を目指せ

政策調査部長 須田 昭夫

 

 国際オリンピック委員会(IOC)は、巨額の放映権料を得られる期間を考慮して、2020年の競技を7月15日からの開催と決定し、この期間に合わせた会場探しが行われた。東京都は「東京の夏は温暖で、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる、理想的な気候」と謳って五輪を誘致した。ところが東京の夏は酷暑である。五輪開催には巨額の費用負担がかかり、立候補できる都市が限られることも、無理な選択の遠因となっているだろう。スポーツの祭典は選手と観客の健康を優先するべきであり、開催方法の検討が必要だ。


◆ 猛暑の中でのスポーツは危険

 日本スポーツ協会の「スポーツ運動中の熱中症予防ガイドブック」に従えば、2019年の東京は五輪が予定される17日間のうち14日間は、運動を「原則中止とする」条件に該当していた。気温35度以上の日が6日間もあり、湿度は80%前後で推移していた。

 2019年7月31日、競歩20Kmの世界記録を保持する選手が、東京五輪50Km競歩のコースをテストした。新国立競技場を発着点として皇居を周回するコースについて、選手からは「日陰がほとんどなく、脱水になってもおかしくない。可能ならコースを再考してほしい」という声が上がった。50Km競歩は4時間以上かかる競技である。湿度が80%であれば、気温30度以上は過酷すぎる条件である。

 4年前のリオデジャネイロ五輪において、気温が22度の晴天で行われた20km競歩では、80選手のうち19人が途中棄権して、完走したのは49人だけだった。猛暑の東京では死人が出そうだといわれるのも、あながち誇張ではない。

 気象庁が発表する気温は、直射日光が当たらず風通しがよく、輻射熱をうけない理想的な条件で測定される。今夏、赤道直下の国々から東京を訪れた人たちが、「東京は暑い」と言っていたのは、湿度の高さも影響している。そしてビルや道路からの輻射熱、ビルや自動車からの排熱、成人一人あたり80~100ワットの発熱、狭い道路の風通しの悪さ、なども加わっている。


◆ 不完全な「暑さ対策」

 東京五輪の暑さ対策として、アスファルトの表面にモルタルを塗る「遮熱性舗装」が期待されてきた。路面の温度が夏季で10度前後低下するといわれ、都道約130Kmが整備された。ところが東京農大・樫村教授によると、遮熱性舗装の路面から150cmの高さでは、通常の舗装と比較して気温が2.6度高くなり、「暑さ指数」(WBGT)が1.3度上昇、赤外線が20倍、紫外線が4倍になっていた。路面で反射した太陽光が原因であり、熱中症ばかりか皮膚や目の病気になる可能性があるという。

 環境省は「すべての生活活動で、熱中症になる危険は28度から」と言ってきた。東京都臨海部の気温が34度を超えた2019年8月11日、海の森水上競技場では、ボートのジュニア選手権大会最終日の競技が行われて、多数の選手が熱中症様の症状を呈したという。レース後に動けなくなり、担架で運ばれた選手もあり、3人が医務室に運ばれた。表彰式の最中にふらつく選手たちもいたという。危険を報せるだけでなく、競技の中止まで決定するシステムが必要だ。約2,000席の観客席の半分には屋根がなく、日傘をさす人もあり、絶対に屋根が必要だと言う声が聞かれた。過去のオリンピック大会ではテロ対策のために、ペットボトルの飲み物や日傘の持ち込みが禁止されている。しかし日傘の有無で、頭部の表面温度が11度違うこともある。

 「ラストマイル問題」も重要だ。最寄り駅から競技会場までの1マイル(約1Km)の区間は、観客にとって特に熱中症の危険があるという。会場までの雑踏、手荷物検査の渋滞が予想される。IOCは、ラストマイルの所要時間を約20分と推定するが、会場ごとに条件が異なり、もっと長くなることもあるだろう。

 ラストマイルすべての経路に屋根やミストシャワーを設置することは現実的ではないが、観客自身の対策に依存するだけでは危ない。日陰が少ない臨海部の会場は、特に危険が大きい。ツバ広帽子の着用を呼びかけ、給水を促す必要がある。

 また、水を霧状に噴射するミストシャワーは、日陰では効果を発揮するが、直射日光の下で湿度を上昇させれば、「暑さ指数」(WBGT)が上昇し、ほとんど効果はないようだ。猛暑日に湿度が高ければ、団扇を使って汗を蒸発させようとしても、少しも涼しくならない。「暑さ指数」(WBGT)とは、気温と湿度を考慮して、熱中症を予測する指数である。25度なら警戒が必要、28度になれば厳重に警戒して屋外スポーツを控える、31度は外出自体が危険、とされている。ひとたび大会が始まれば、選手も役員も中止を言い出しにくい。各競技の開催を中止するWBGT基準を、あらかじめ定めておく必要がある。各競技団体の事前承認が必要だ。


◆ 開催日、会場、中止基準も含めた検討を

 ほぼ確実に猛暑が予想される東京では、五輪の屋外競技は直射日光をさけて、風通しの良い環境をつくること、自由な飲水を可能にすること、屋外競技を中止する明確な基準を設けて速やかに決断すること、などが必要である。これは屋外競技の選手と観客のみならず、屋内競技の会場に向かう観客や、大会スタッフにとっても欠かせない。

 2019年10月に行われたドーハの世界陸上大会で、マラソン競技に多数の脱落者が出たことを踏まえてIOC会長は、東京五輪のマラソンと競歩を札幌で行うように指示を出した。時間のかかる屋外競技は他にもあり、開催期日を変更することも含めて、全面的な検討が必要だ。

 

(『東京保険医新聞』2019年12月25日号掲載)