【視点】羽田空港新着陸ルートの危険性

公開日 2020年02月05日

羽田空港新着陸ルートの危険性

元日本航空(JAL)機長/航空評論家 杉江 弘

 2020年3月末の夏ダイヤから羽田空港への着陸に都心上空を飛行する新ルートが採用されます。

 国土交通省(国交省)の説明では、南風時の15時から19時の間の3時間、都心上空を経由して北から進入着陸する方式を導入するとしています。その理由は、海外からの訪日旅行客を年間4千万人へと増やす等の政府の観光立国政策により、羽田空港での発着数を今より年間3・9万回増やす計画によるものです。しかし、そのうち新ルートによる着陸増加分は1・1万回だけでこれは現在の羽田空港での発着枠の2・5%に過ぎません。その他は現行の管制方式の見直しや荒川北上ルートの変更などで可能とされているのです。観光立国を目指し成田や羽田など首都圏の空港での発着数を増やすことに異論はありませんが、今さらなぜ羽田空港に多くの国際線を戻すのかが問われます。

国際線の棲み分け議論なき場当たり的な誘致

 歴史を振り返れば、成田空港は国際線の変更用空港として開港し、名称も「新東京国際空港」と首都東京を代表するものでした。それが2010年の羽田空港沖合のD滑走路新設のタイミングで国際線の一部(近距離便)が羽田でも運用されるようになり、近年ではいつの間にか欧州や米国などとの長距離国際線もなし崩し的に運用されるようになりました。そして2019年、デルタ航空が全ての便を成田から羽田に移すことを決め、早速欧州やオセアニアなどの航空会社も同様の方針を打ち出し始めました。このままでは羽田空港での発着枠をどこまで増やさなければならないのか、将来C滑走路の沖合にさらに滑走路を増設する必要が生じるという話もあります。

 今般の決定は、国際線に関する羽田と成田の棲み分け議論がされないまま「羽田が都心に近く便利だから」と場当たり的に誘致する、政府の都合に基づいた政策によるものです。背景に首都圏へのカジノ誘致や新滑走路増設などの利権が絡んでいるのではないか、という疑いも指摘されています。

 いずれにせよ、世界の大都市での新しい空港は安全と騒音対策上、郊外に建設されるのが常識で、主に長距離国際線は郊外の新空港で運用されています。それが市街地の前の空港に戻ってくるなどという例は聞いたことがありません。羽田に再び世界の航空会社の主要路線が戻ってくることは、本来あり得ないことです。事実、成田での発着枠は年間30万回であるのに対し、実際は4万回の空きがあり、10年後には年間50万回へ増やす計画なので、増便分はすべて成田で吸収できるのです。

人口密集地での墜落、落下物の危険も

 さて、私はこれまでジャンボジェットやハイテクのエンブラエルなど43年間乗務を経験し、世界の航空事故の分析を基にJALで安全施策を推進してきました。その立場から、今航の新ルートの危険性を指摘しなければなりません。

 最も重大な懸念は、航空機の進入中に都心の人口密集地に墜落し二次被害まで出すことです。ボーイングの最新鋭のハイテク機である737MAXが2018年秋、2019年春と2度離陸後に墜落して運航停止になっている原因は、センサーのトラブルによる操縦系統の暴走です。現代のハイテク機は便利な反面、複雑な自動化システムが導入されており、過去にパイロットがモードの使い方を誤ったりして事故が繰り返されてきました。それはトランプ大統領が2度の事故を受け会見で「(メーカーは)常に不必要な対策と改善を進めている」と述べたことにも表れています。

 わが国でも1994年に名古屋手前に中華航空機のエアバスが墜落しましたが、発端はパイロットのちょっとしたボタンの押し間違いで、その後トラブルを回復することができませんでした。2009年にニューヨークで起きた「ハドソン川の奇跡」は鳥がエンジンに入ってグライダー状況になって川に着水したものです。こうした離着時の事故が都心上空で起きない保証はどこにもありません。

 次は、統計的にも年に数回は必ず発生する落下物の問題です。落下物は、航空機の部品やパネル等が経年劣化や整備不良によって落ちる場合と氷魂が落ちる場合に分けられます。国交省は世界航空会社に整備の強化と落下対策を義務付けるとしていますが、各社の間で異なる整備の変更や整備態勢の強化を指示する権限はなく、真相は単に日本で発生した落下物の一部をサンプルとして示すだけのものです。また、車輪や排水口が上空で冷やされた結果出来る氷魂は、大きいもので直径10㎝程もあり、防ぎようがないことを国交省も認めています。車輪を格納するスペースにエアコンが通っていないからです。落下物はいずれも進入の際に、減速や高度処理のために抵抗板を出したり、車輪を出す際の振動により発生するもので、埼玉県から羽田への進入空域のすべての地域で人的物的被害が想定されます。2019年末には米国で重い脱出シュートの落下事故がありました。

急角度の侵入方式導入は国民への背信行為

 2019年夏に突如発表された3・5度という急角度のRNAVという進入方式は、青天の霹靂でした。航空機の着陸時の角度は世界の大空港では3・0度が標準です。新しいルートを飛ぶパイロットにとって3・5度は未経験な急角度の進入となり、それをぶっつけ本番でやらされることになります。テクニカルに言えば、着陸操作は0・1度単位で深くなればそれだけ難しくなり、3・5度ともなればコックピットからはジェットコースターのような感覚です。着陸の最後に行う機首上げ操作のタイミングを誤れば尻もち事故や機体に損傷を与えるようなハードランディングの危険性があります。日本の航空会社では現行の3・0度でも降下率が過大にならぬように毎分1000フィート以下という制限がマニュアルに書かれています。しかし3・5度になれば着陸重量や気象状況によってはそれを超える可能性も出てきます。降下率が大きいと着陸操作が難しく、過去に事故が多発しています。2019年5月にロシアで着陸失敗による炎上事故で41名が亡くなったのもそれが原因です。日本のパイロットはそのような事故を発生させないよう努力し、約25年間、重大な着陸事故ゼロの記録を更新してきました。

 新ルート案が発表された時から約5年間、進入角度は3・0度という国と自治体、住民間での共通認識がありました。ところが突然3・5度の新しい進入方式が提示されたのです。理由は米軍の横田空域を通過する必要からくるものです。米国から横田基地へとやってくる米軍機の空域を確保するため、民間機の最終降下地点の飛行高度が上げられたことが原因と見られています。つまり、国交省は国民や乗客の安全よりも米軍を優先して3・5度の危険な進入方式を導入したことになり、日本の空の安全を米軍に売り渡す背信行為と言わざるを得ません。

 これだけ安全性でも問題を抱えた新ルートは撤回し、増便対策については羽田と成田の棲み分けをはじめ航空政策を論議してから始めるべきと考えます。

(『東京保険医新聞』2020年1月25日号掲載)