【視点】保険証のオンライン資格確認を食い止めよう

公開日 2020年03月05日

保険証のオンライン資格確認を食い止めよう

東京保険医協会 副会長 吉田 章
 

はじめに

 マイナンバーカードを使い、保険証資格確認をオンラインで行う制度が2021年3月から始まろうとしています。この制度が施行されれば患者側にも医療側にも多大な負担がかかると予想されます。

 まず保険者は被保険者番号を個人単位化し、マイナンバーとセットにしてデータセンターに登録します。

 患者側は①電子証明書付きのマイナンバーカードを取得し、②マイナポータルか自治体の窓口、又は医院で電子証明書と被保険者番号の関連付けを行う「初回登録」をします。③医療機関の窓口では、患者はマイナンバーカードをカードリーダーにかざしたうえで、本人確認を受けます。この「本人確認」には、カメラを使った顔認証、事務員による目視確認、暗証番号入力の3通りの方法があります。

 医療機関では、本人確認をした後、読み取った電子証明書をオンラインで資格確認センターに送信し、保険資格を返送してもらいます。そのために、医療機関では、インターネット回線、専用資格確認端末、カードリーダー、顔認証用カメラなどを新たに窓口に準備する必要があります。

 以上をまとめると、患者側はこれまでただ保険証を窓口に出すだけで済んでいたものが、本人確認を含めた新たな手間が増えることになります。また、医療機関側も、これまで保険証を見て番号を控えさえすれば済んでいたものが、種々の設備増設が必要になり、さらに本人確認をはじめ複雑な操作が増えるため、事務員の増員や教育が必要になると考えられます。マイナンバーカードの紛失や取り違えが起こった時には、従来の保険証以上の混乱が予想されます。

 また、レセコン、電子カルテの院内システムがインターネットに接続されることになり、危険に曝されます。レセプトオンライン請求用の回線使用が想定されていますが、インターネットにつながることに変わりはありません。データの流出、ウイルスの侵入、ハッキングの危険性はどう見積もられているのでしょうか。

 厚労省は、「失効保険証での受診や、返戻の減少、窓口で保険証情報の手入力の省略、高額療養費の限度額適用認定証に係る事務量の減少につながる」と謳っていますが、患者と医療機関にとって、上記のデメリットに見合うだけのメリットはあるのでしょうか。

 また、従来の保険証を使い続けることが可能であることからも、この制度の意義を見出すのは困難です。

オンライン資格確認の真の狙い

(1)マイナンバーカード 顔認証普及の切り札

 現在大多数の国民はマイナンバーカードを持っていません(2020年1月現在、1910万枚、15・0%)。また、2018年10月に行われた内閣府の調査でも53%の方々が取得していないし、今後も取得する予定もないと答えています。それにもかかわらず、政府は2022年度中にほぼ全国民が同カードを保有することを想定しています。

 政府は、マイナンバーカード普及の手段として、現在8700万枚発行されている保険証の機能を同カードに持たせようとしているわけです。事実、公務員に対して、共済組合を通じて保険証として使うことになるからとして、本人のみならず家族にまで取得を促しています。

 政府はどうしてもマイナンバーカードを増やしたいようですが、その背景には、次に説明する「顔認証システム」の普及への思惑が深く関わっていると考えられます。

 本人確認の方法として他に暗証番号や目視確認も許容されていますが、政府は、顔認証に特に力を入れています。顔認証用のカメラ付きカードリーダーは約9万円とのことですが、全国約22万件に及ぶ医療機関、薬局に無償配布するよう来年度に予算化されたことからも、その意欲が推測できます。

 顔認証はカード持参者の顔を撮影し、カード内部に格納された写真データと比較識別します。全国の医療機関を舞台に、この顔認証システムの普及が図られようとしているのです。顔認証の「先進国」中国では、早くから市民生活に顔認証が取り入れられてきましたが、便利な反面、国民監視の有力な武器になっているとも聞きます。

 勿論、医療機関での顔認証システムがそのまま国民監視システムに使われるということではありませんが、医療機関で成功すれば他の分野で幅広く使われることになるのではないでしょうか。

(2)医療情報の集積・連結・利用のインフラとして

 政府はさらに、マイナンバーやマイナンバーと結びついた被保険者番号を使い、健診結果や予防接種歴他各種医療情報を集積・連結・利用することを計画しており、一部は既に実行しています。

 驚くべきことに、保険証のオンライン資格確認システムを通じ、連結された電子カルテやレセコンから直接情報を集めてデータベースを作り、そこから得られた情報をビッグデータとして各種研究機関や民間企業に提供することも計画されています。

 このような医療情報の利用については、患者のプライバシー保護や、医師の守秘義務との観点から問題があると考えられますが、十分な検討がなされないまま、前のめりに進められているのが現状です。

おわりに

 保健・医療情報は個人のプライバシーとして最も重要な項目のひとつです。いったん漏洩した場合、目的外または悪意を持って利用された場合、その影響・被害は計り知れません。被害者の一生が左右される事態も考えられます。

 そのため、マイナンバー制度が始まるときには、医療情報はマイナンバーで管理しないことになっていたはずです。その精神はどこに行ってしまったのでしょうか。

 国民と医療機関に不要で多大な負担を強いるだけでなく、国民全体のプライバシー侵害につながりかねない医療情報の利用と顔認証の社会全体への普及、その入り口がマイナンバーカードによる保険証資格確認なのです。何としても、ここで食い止めなければなりません。

 幸いなことに現時点では、従来どおりの保険証利用も認められており、オンライン資格確認も義務ではありません。

 ①顔認証用カードリーダーは備えない、②オンライン資格確認の設備を備えない、③従来どおりの保険証を使うこと、そして④患者には「マイナンバーカードを使わなくても保険証で今までどおり受診できること」を説明する、この4点の重要性を強調したいと思います。

(『東京保険医新聞』2020年2月25日号掲載)