[視点]新型コロナウイルス拡大で露わになったIRカジノの終焉

公開日 2020年05月12日

新型コロナウイルス拡大で露わになったIRカジノの終焉

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静岡大学 人文社会科学部 教授 鳥畑 与一 

 新型コロナウイルス感染防止のため、いわゆる「不要不急」の経済活動停止による社会的隔離(ソーシャル・ディスタンス)が世界中で広がっています。パチンコ・パチスロが「優遇」された日本とは異なり海外で営業停止の対象に真っ先に選ばれたのがカジノ等のギャンブル施設です。

 例えば、今や世界最大の感染拡大国となっている米国では、ネバダ州でライセンス停止措置が行われたのを始め、全米989カジノ(ネイティブアメリカンの部族カジノを含む)中、なんと984カジノが営業停止状態(4月初め時点)となっています。年間収益(客の負け額)741億ドルのカジノ市場が突然消えてしまったのです。

営業が再開されても収益は回復しない

 窓もない閉鎖空間で24時間まさに密閉・密集・密接の「三密」環境で賭博を続けるカジノへの当然の措置と言えますが、問題はこの営業停止が短期間で終わるのか、そして営業再開後にV字回復が可能なのかです。爆発的な感染拡大を抑制できる状態を達成したとしても、ワクチン等の有効な治療方法の実用化に一年以上を要すると予想されるもとでは、典型的な「三密」のカジノに顧客が以前のように戻るとは思えません。

 今後のカジノ収益を占う上で、マカオとシンガポールの現状が非常に示唆的です。新型コロナウイルス感染の発生源中国に隣接するマカオでは2月に2週間の営業停止措置が行われ、カジノ収益が前年同月比9割減という壊滅的な状況となりました。マカオ政府の懸命な感染防止策のもと営業再開された3月での復活が期待されたわけですが、前年同月比8割減とほとんど回復が見られませんでした。カジノ営業が再開したとしても観光客の足は途絶えたままだったのです。

 シンガポールでは、年間入場券や会員権を有する顧客への入場者数制限で「三密」を回避する対策のもとで営業が続けられましたが、政府の外国観光客入国禁止で事実上の休業状態に追い込まれています。例えカジノ営業が再開されたとしてもV字回復が極めて困難な状況だと言えます。

パンデミックで露呈したIRビジネスの脆弱性

 新型コロナウイルス感染のパンデミックは、地上施設内において対面で賭博を行う、いわゆる地上型カジノの収益環境を根本的に変えてしまいました。ましてやこの地上型カジノの高収益に依存して、カジノ以外の施設で大量の集客を行うIRカジノというビジネスモデルの脆弱性をさらけ出したと言えます。

 一地方の「風土病」で終わっていた新型ウイルスの発生がたちまちワクチン開発の暇を与えず世界中に拡散しパンデミックを生み出すグローバル経済のリスクが高まる下で、グローバルな集客に依存し、典型的な「三密」状態で営業を行う地上型カジノ、そしてそれに依存した巨大IRによる成長モデルに未来を賭けることは余りにも危険です。

加速する構造転換 「地上型カジノ離れ」の動き

 地上型カジノは、実はこれまでネット上のオンライン型カジノの成長に脅かされてきましたが、今回のパンデミックはこの地上型からオンライン型へのカジノ業界の構造転換を加速すると思われます。

 実際、外出制限など社会的隔離推進のなかでゲーム産業が活況を呈していますが、オンライン型カジノもまた世界中で需要を高めています。米国でもアトランティックシティが不振に追い込まれた地上型カジノの打開策としてオンライン型カジノの推進に躍起となり、その結果、オンラインでのスポーツ賭博が合法化される結果を生み出しましたが、地上型カジノ離れの動きが一気にカジノ業界全体に広がるものと思われます。

巨大投資を行えるカジノ企業の消滅

 さらに差し迫った問題として、深刻な収益悪化で10億ドルともいわれる巨大投資を行えるカジノ企業が消滅したのではないかという疑念が現実化しています。

 日本進出を狙うラスベガスサンズやMGM、メルコなどのカジノ企業はいずれも米国・マカオ・シンガポールを収益源としていますが、今そのカジノ市場がほぼ消滅した状態になっています。これらのカジノ企業は、カジノの高収益を前提に巨大投資と純益以上の株主還元を行い、その結果、肥大化した債務を借り換えでやり繰りする綱渡り的経営のためいずれも低い格付けとなっています。

 大阪夢洲IRの唯一の候補者となっているMGMの格付けは投機的格付け(ムーディーズでBa3。10年で30数%がデフォルトになる実績ランク)ですが、3月には格付け引き下げの方向と声明されるなど、営業停止長期化で手元資金枯渇への懸念が高まっています。いまや生き残れるか否かがカジノ企業の焦眉の課題となっているのです。

IRでの成長は幻想 国民の命と暮らしを守れ

 新型コロナウイルス感染終息後、疲弊した日本社会に必要なのは、生き残りのため膨張させた巨額債務の返済に追われる強欲なカジノ企業ではありません。人々を依存症状態に追い込むことで高収益を挙げ貧困格差を拡大するギャンブル産業の繁栄でもありません。ましてや衰退産業化しつつある地上型カジノに地域社会の未来を賭けることでもありません。
政府と自治体が、IRカジノによる成長という幻想から解放され、国民の命と暮らしを守ることに全力を注ぐことを願ってやみません。

(『東京保険医新聞』2020年4月25日号掲載)