保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

[寄稿]検察庁法の改定は三権分立の破壊

公開日 2020年07月02日

検察庁法の改定は三権分立の破壊

須田 昭夫(新宿区・須田クリニック)

 

 

 

 東京高検の黒川弘務前検事長は本年2月8日、定年の63歳に達したが、その後も退官せず現職にとどまっていた。検察庁法は定年を63歳と定めており、延長の規定はなく、異常な事態となっていた。なぜこのようなことが起こったのか。

 安倍内閣は本年1月、従来の検察庁法の解釈をねじまげて、黒川弘務検事長の定年を6カ月延長するという、驚天動地の閣議決定を行った。黒川氏個人の定年延長に、これほどこだわるのは不審である。黒川氏は安倍内閣の官邸付き検事長として、モリ、カケ、サクラの疑惑の時期に安倍内閣を支えてきた。折しもナゾノマスク疑惑まで浮上しているが、黒川氏が退職せずにいれば、およそ2年ごとに交代する検事総長の座に就くことが可能となる。全公務員の定年を延長する話と、検察高官個人の役職定年を内閣の一存で延長する特例は、全く別物である。

 検察の人事に内閣が介入するようになれば、三権分立は空洞化する。2月13日、衆院本会議で安倍首相は、「検察官にも国家公務員法を適用するようにして、従来の解釈を変更することにした」旨を述べた。これは、本来国会の権限である法律改正の手続きなしに、内閣による解釈だけで法律の運用を変更することであって、近代国家の基本理念である三権分立を破壊する宣言に等しい。

 安倍首相は5月14日の記者会見で、検察官は強い独立性を持つ行政官ではあるが、内閣が任命する点では、一般公務員となんら変わらないとの信念を語った。この考えに従えば、内閣が形だけの任命権を持つ検事総長も、一般公務員と何ら変わらなくなり、三権分立は崩壊する。しかし検察官は捜査権を持つ上に、総理大臣をも起訴する公訴権を持ち、特殊かつ強力な権限と責任を持っている。このため国家公務員法とは独立して検察庁法という特別法があり、検察庁内での身分を保証されている。定年の延長についても、そのような規定や実例はなく、情実を容れない実績がある。

 安倍首相が法務省に対して、黒川氏を検事総長にすることを求めているのは周知の事実であり、すでに検察庁の人事の独立性を侵害している。稲田伸夫現検事総長は、自身の任期を外力で変更されることを拒んでいる。そこで官邸は、黒川氏の定年を(違法に)6カ月遅らせて、稲田氏の任期切れを待つ奇手を選んだのだ。検察庁法の改定は、あと付けの合法化工作である。

 法律改正は、立法府である国会の権限であり、一内閣の閣議決定だけで法律の解釈と運用を変更することは、三権分立を破壊する暴挙である。安倍内閣はすでに数々の法解釈の変更を行って、既存の法律の無力化を行ってきた。一般公務員の場合でさえも、定年の延長は職務の内容が特殊で、余人をもって代えられないという特殊な場合に限られている。賭けマージャン能力は該当しない。

 今回の検察庁法改定案には、検察幹部が63歳の定年に達したとき、内閣が認めれば現職に留まることができる条項がある。検察の人事に内閣が介入するので、内閣の意向を忖度する検察になり、「検察の独立性に死をもたらす恐れ」がある。

 検察の歴史には、捜査幹部が押収資料を改ざんしたという事件もあった。正義を貫こうとしてもなお不祥事が起こる検察に、いささかでも外部の干渉を容れてはならないだろう。

 検察庁OBの重鎮14人が、検察の独立性が歪められるとして5月15日、法案に反対する意見書を法務省に提出した。元検察官が集団で政治的発言をすることは、異例中の異例である。検察庁内部には「国民からの信頼を壊すな」との意見があり、自民党内からも批判する声が上がり、全国52すべての弁護士会が検察庁法案に反対している。18日には元特捜部長ら38人が連名で、法案の再考を求める意見書を提出した。ツイッター上には定年延長に反対する市民の意見が、19日現在で異例の32万件を超えた。

 安倍首相は5月15日、櫻井よしこ氏主宰のネット番組に出演し、「安倍政権が黒川氏と近いというのは全く事実ではない。個人的にお話をしたことも全くない。多くの方が誤解するイメージが作り上げられている」と全面否定した。ところが安倍首相が2018年12月11日午後、黒川氏と個別に面会した公式記録の指摘が相次ぎ、首相がどんな言い訳をするのかが注目されていた。

 その後、突如、黒川氏の不適切な私生活が露見して、政府・与党は18日、検察庁法の改定を断念した。余人をもって代えがたいとされた黒川氏の後任は、即座に決定された。もともと検察は組織として動くため、職務上で余人をもって代えがたい個人がいてはならないのだ。

 官僚は自分の人事権を握る者を忖度しやすい。2014年、「内閣人事局」が創設されて、官僚の人事権を首相官邸が掌握した。モリ・カケ・サクラ疑惑、カジノ汚職などをめぐる文書の改ざん、捏造、隠ぺい、廃棄などには、内閣人事局の力が働いた。内閣人事局は、独裁者を作る恐れがある。

(『東京保険医新聞』2020年6月5日号掲載)