【声明】特養あずみの里「業務上過失致死」事件の無罪判決確定を歓迎するとともに、粗雑な立件に対し厳重に抗議する

公開日 2020年08月14日

2020年8月12日

【会長声明】特養あずみの里「業務上過失致死」事件の無罪判決確定
を歓迎するとともに、粗雑な立件に対し厳重に抗議する

東京保険医協会
会 長 須田 昭夫
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 衆目を集めた「あずみの里」裁判は、2020年7月28日東京高裁において、無罪判決で結審した。被告の看護師Yさんは、亡くなった入居者Aさんに対する無制限の観察注意義務はなかったとして、裁判が5年以上も続いているので、死因についてはこれ以上の論議をせず、訴訟を終わらせようというものであった。この判決は国民の、崩れかかった司法への信頼をつないでくれたものであり、歓迎したい。しかしこの訴訟の経過を知る者の心は複雑である。

 簡単に事件の経過を辿ってみよう。2013年12月12日、特養ホームのおやつの時間、准看護師Yさんは、嚥下障害のない入居者Aさんに小さなドーナツを手渡した。予定では、ゼリーを渡すはずだった。そのあとでYさんが、全介助が必要な入居者のお世話をしていたところ、背後にいたAさんが声も出さず、もがきもせず、とつぜん崩れ落ちるように倒れた。Aさんの意識は回復せず、14年1月に死亡した。

 検察はドーナツによる気道閉塞が死因だとして、Yさんを業務上過失致死罪で起訴した。死亡したAさんはお焼きや芋餅を普通に食べており、嚥下障害はなかった。1審の長野地裁松本支部は、窒息事故を防ぐための注視義務を、Yさんが怠ったとはいえないとした。このため検察は、2回にわたって訴因を変更し、Yさんの落ち度は、「おやつの形態変更確認の義務違反」に変更された。何が何でも有罪にしようとする、検察の意図が窺える。1審判決は検察の求刑通り、罰金20万円の有罪となった。Aさんの死亡とドーナツとの関係を、言外に認定したことになる。

 Yさんは無罪を主張して控訴した。5年余に亘った裁判は、2020年7月、東京高裁の無罪判決によって結審した。無罪判決は大歓迎であるが、判決を単純に喜ぶわけにはゆかない。そもそも死因の解明もしない過失致死事件の訴因が、おやつ取り違えの責任に変更された経過は、軽率すぎる起訴であった。犯罪にはあたらない裁判が、なぜ5年余りも続けられたのか不審である。

 もともとAさんは、おやつを楽しく食べる人であった。Aさんが急変したとき、咳そうや苦悶の表情など、呼吸器系の異常を示す症状はなく、気道の閉塞はなかった。ところが食事中なら誤嚥と窒息だという思い込みが、安易な起訴につながった。

 東京保険医協会は、死因を究明するための合同カンファレンスを行った。その結果、脳神経外科専門医6名を含む、7名の医師の意見書を提出した。AさんのCT写真は明らかに脳血栓の所見であり、窒息死という診断は誤りであることが明らかであった。Aさんは結局、たまたま食事中に起こった脳血栓により、死亡したと診断された。

 われわれが余すところなく明らかにしたAさんの死因について、司法が口を閉ざしたまま結審することは心外である。安易な思い込みの誤りを公表するべきだ。高齢者が死ぬたびに犯罪を作り出してはならない。東京高検が上告を断念して無罪判決が確定した時点で、われわれには主張しておきたいことがある。

 食事は肉体的健康に必要であるが、食べる楽しみは精神的な健康にも必要である。しかし、あらゆる食品は窒息・死亡の原因になり得る。誤嚥は誰にでも起こり得るが、高齢者はとくに誤嚥しやすい。人は、必ず死ぬ運命にあるが、死亡するきっかけはいくらでもある。誤嚥を恐れて高齢者に流動食や胃瘻を強制して食事の楽しみを奪い、転倒事故を恐れて立つな、歩くな、寝ていなさいと強制すれば、高齢者の生きがいを奪うばかりか、寿命まで縮めてしまうことになる。高齢者が入居施設で亡くなることは珍しくなく、悪意のないできごとでも犯罪にされてしまうならば、医療・介護の分野で働く人は減るだろう。持病のある利用者が施設入所を拒否されれば、家族ともども苦しむことになる。

 われわれは、不毛な裁判を望んではいない。検察が、不法な訴因変更をくりかえして裁判を引き延ばし、むりやり罪を着せることはやめてほしいと願っている。検察は人権を尊重し、人を信じ、人の生を理解するべきであり、誤った観念を押し付けて粗雑な訴訟を行うことを慎むべきである。

以 上

【完成版】特養あずみの里高裁無罪判決確定を歓迎する会長声明[PDF:116KB]