[視点]特養あずみの里裁判 控訴審のもうひとつの争点

公開日 2020年08月25日

特養あずみの里裁判 控訴審のもうひとつの争点

                     

特養「あずみの里」業務上過失致死事件裁判 弁護団/駒込たつき法律事務所 
弁護士 水谷 渉

①裁判経過―控訴審逆転無罪―

 長野県安曇野市の特養あずみの里で、准看護師(50代)が、2013年12月12日の午後3時のおやつの時間に、ゼリーとドーナツを間違って提供し、85歳の入所女性がドーナツを気道に詰まらせ心肺停止したとされ、35日後に死亡した。

 女性のご冥福を祈り、ご遺族には哀悼の意をささげたい。

 入所女性は、アルツハイマー型認知症で要介護4、食事は自立。自歯・義歯ともにないが、嚥下障害はなかった。これまでの流れを簡単に整理すると表1のとおりである。

20200825SS00001

②控訴審の逆転無罪の内容

 控訴審の無罪は、地裁の有罪判決と、いったい何が違うのであろうか。判決文から見える相違点を表2にまとめた。

 要するに、控訴審判決は、女性にドーナツを与えたとしても窒息する具体的な危険はなかったし、おやつの変更を知らなかった看護師がドーナツを提供しても死亡の結果までは予見できない、つまり過失がないということである。

20200825SS00002

③控訴審のもう1つの争点―裁判所が守ったもの―

 控訴審において、弁護側は死因を争った。

 死後に撮影された頭部CTに陳旧性の梗塞巣(両側背側中脳、両側視床、後頭葉、小脳)があり、しかも、急変時にムセも咳もなく眠るように静かに意識消失し心肺停止に至っている。高名な複数のドクターから、窒息と考えるよりも脳梗塞が死因であろう、との意見書をいただいた。

 弁護側は、2019年12月に意見書を提出し、医師の証人尋問の実施を求めた。しかし、高裁は2020年1月にこれらの証拠を却下し、あえなく結審した。常識的に考えれば、有罪を維持する裁判の流れであった。

 そこで、弁護側は、藁にもすがる思いで、東京保険医協会に、女性の死後の頭部CTから死因を検討する「合同カンファレンス」の開催をお願いした。

 脳神経外科医2名、放射線科医1名、法医学の経験のある医師1名、合計4名の先生方で、頭部CTをもとにご議論いただいた。「合同カンファレンス」の議論は、裁判での有利・不利を問わない医学的検証を目的とした、活発でわかりやすい議論であった。その結果、窒息よりも脳梗塞が死因であるという意見で一致した。

 その様子は、先生方の許可を得て動画で撮影し、また、先生方に意見書をいただき、今年の3月下旬に、裁判所に届けた。裁判所から弁論を再開する旨の知らせが届くのを一日千秋の思いで待った。しかし、来なかった。そのため、厳しい判決を予想して臨んだ法廷であった。無罪判決は当然であるが、驚きもあった。

 控訴審判決について一点だけ述べたい。

 控訴審で、死因が脳梗塞ということになれば、捜査機関や第一審判決は、「事件がないところに事件を作ってしまった」ことになる。高等裁判所は、被告人を早期解放させた、というだけでなく、刑事司法に対し不信感が生じないよう死因の判断を回避したのであろう。

 いやいや、それでも地球は回っている。

④東京保険医協会のアミカス・ブリーフ

 米国では、学会等の訴訟に関心を寄せる団体がアミカス・キュリエ(ラテン語で、法廷の友人)として、係属中の訴訟に対し、アミカス・ブリーフ(意見書)を提出する制度がある。裁判所もアミカス・ブリーフを参考に判決をする。日本でも、特許法の専門的・技術的な分野で、事実上アミカス・ブリーフを求めた訴訟があるようである。

 歴史を振り返ってみれば真実は誤解されやすい。ガリレオも地動説で有罪判決を受けている。「真実を語る」には世の圧力に屈しない胆力と実力が必要である。アミカス・ブリーフの提出は、真実の追及という崇高な理想を掲げ、基盤のしっかりした団体にしかできないことである。

 東京保険医協会の「合同カンファレンス」は、刑事裁判において、事実上のアミカス・ブリーフの役割を果たしたと思う。過失論での無罪判決を強力に下支えしただけでなく、検察の上告断念は、「合同カンファレンス」の成果である。貴協会には心から敬意を表し、厚く御礼を申し上げたい。

(『東京保険医新聞』2020年8月25日号掲載)