[視点]無症状感染者と感染症法改正

公開日 2020年09月25日

無症状感染者と感染症法改正

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NPO法人医療ガバナンス研究所 理事長 上 昌広

 厚労省が感染症法の見直しを進めている。本稿では、その問題点を指摘し、あるべき見直しについて議論したい。

5類への引き下げは公的責任の放棄につながる

 厚労省が取りかかったのは、新型コロナウイルス(以下コロナ)の感染症法での位置づけの見直しだ。8月26日、共同通信は「コロナ、2類相当の見直し検討―軽症・無症状を入院除外も」と報じた。記事には「2類相当からインフルエンザ(以下インフル)相当の5類への引き下げを容認」とある。

 2類相当の場合、感染者は原則として指定医療機関に入院し、濃厚接触者はPCRを受け、その後、保健所が定期的にフォローする。感染者の大部分は無症状か軽症だから、強制的に入院させることは、医学的に不適切だし、感染者の人権を侵害する。厚労省は、このような理由からコロナを2類相当から外すことを検討している。筆者も、この点については同感だ。

 しかしながら、2類外しは大きな問題を孕んでいる。厚労省や都道府県が責任を回避し、負担を感染者に押しつけるだけになりかねない。それは現行の感染症法では、2類相当を外せば、5類相当とするしかないからだ。5類の代表がインフルだ。コロナがインフルと同じ扱いになる。

 コロナは未知の感染症だ。多くの国民がインフルと同等には考えていない。9月12日現在、国内で7万5438人が感染し、1441人が亡くなっている。致死率は1・9%だ。インフルの致死率(0・01~0・1%)とは比べものにならない。

 特に高齢者では重症化しやすい。コロナに感染すれば、高齢者にうつすことを危惧する。ホテルなどの宿泊施設での療養が必要となる。ところが、宿泊施設の確保が容易でない。8月4日の日経新聞に掲載された「コロナ軽症者の受け皿整わず自宅療養、2週間で3・8倍」では、「7月31日に独自の緊急事態宣言を出した沖縄県は、同30日に那覇市内のホテルで60室を確保するまで軽症者向け宿泊施設はゼロだった。8月4日時点でも250人以上の療養先が決まっておらず」と紹介されている。

 追い込まれた厚労省は自宅療養の基準を緩和した。8月7日の日経新聞には「自宅療養の基準明確化 宿泊施設不足受け 厚労省」との記事が掲載され、「同居家族に高齢者など重症化リスクのある人や医療介護従事者がいる場合も、生活空間を完全に分けられると保健所が判断すれば自宅療養が可能とした」と紹介されている。ただ、「宿泊施設を十分に確保できている自治体では従来通り宿泊療養を基本」の姿勢を変えていない。宿泊施設不足を糊塗するため、基準を変更したことがわかる。

 もし、コロナが5類相当となれば、感染症法に基づき都道府県の義務とされてきた入院施設の確保と入院措置、宿泊療養施設の確保から解放される。さらに、入院治療費用は公費でなく、通常の健康保険でまかなわれ、自己負担が生じる。そして、休業補償もなくなる。

 国がやるべきは、コロナを2類相当から外し、宿泊療養施設の確保の責任を放棄することではない。宿泊療養施設の必要性を訴え、関係者の理解と協力を得て、その確保に務めることだ。

エッセンシャル・ワーカーにPCR検査の保障を

 2類相当外しを議論する前に、厚労省にはやるべきことがある。それは医師や看護師などのエッセンシャル・ワーカーにPCRの機会を保障することだ。

 エッセンシャル・ワーカーとは、社会の営みには欠かせない職種のことで、コロナの流行下でも働いてもらわなければならない。彼らは自らの利益のために働いている訳でなく、社会のために自己犠牲を払っているのだ。

 東京都世田谷区は保育士や介護施設職員など約2万人を対象に、一斉にPCRを実施し、その費用約4億円を公費で支出する方針を決めた。これこそ、厚労省がやるべきことだ。ところが、そうはなっていない。

 なぜなのか。それは感染症法で、エッセンシャル・ワーカーに対する検査が規定されていないからだ。現行の感染症法でPCRが規定されているのは、感染者、感染疑い、濃厚接触者だけだ。第一波で保健所が濃厚接触者への対応に忙殺される一方、一般市民には「37・5度4日間」という基準を作って検査を抑制したのは、感染症法に準拠して対応したからだ。

 エッセンシャル・ワーカーには検査を受ける権利があるはずだ。ところが、日本は厚労省と専門家が率先して、検査を絞っている。7月16日、コロナ感染症対策分科会は「無症状の人を公費で検査しない」と取りまとめた。「無症状の人」の中にエッセンシャル・ワーカーが含まれることは、彼らも理解しているだろう。悪質だ。

 このような対応は世界のコンセンサスとは程遠い。例えば、8月19日、英国政府は全人口を対象に定期的に検査を実施する方針を表明している。

 厚労省も分が悪いことは認識している。では、どう対応しているのだろうか。それは感染症法の拡大解釈だ。感染者が多発したり、クラスターが発生した地域では、医療機関や高齢者施設の職員や入所者も公費で検査を受けられるという通知を出した。これは、このような地域で働く医師や看護師を「感染症にかかっていると疑う正当な理由がある者」と拡大解釈したのだ。

 8月21日には、接触確認アプリで通知があれば、全員が無料で検査を受けることができると発表した。濃厚接触者の拡大解釈だ。これではだめだ。拡大解釈は「厚労省の恩寵的な措置」で、国民の権利を保障したことにならない。

 感染者は「隔離される権利」、エッセンシャル・ワーカーは「検査を受ける権利」がある。国民目線に立った感染症法改正が必要である。

(『東京保険医新聞』2020年9月25日号掲載)