[視点]保健所機能の回復を~公衆衛生は国民の権利~

公開日 2021年01月29日

保健所機能の回復を~公衆衛生は国民の権利~

                     

元東京都保健師 佐久間 京子
 

 

1はじめに

 私は、東京都の保健所で26年働き、2009年には感染症対策係の保健師として、新型インフルエンザの対策業務に従事しました。2013年に東京都を退職しましたが、今回の新型コロナウイルスの感染拡大に当たっては、東京都保健所の帰国者・接触者相談センターの電話相談の手伝いに入りました。

 保健所の統廃合の折には、求められる役割が果たせなくなることを懸念して反対運動に取り組みましたが、当時心配した通りのことが今起こっており、統廃合を止められなかったことがとても悔やまれます。

 こうした体験を踏まえて、私が現在、保健師として考え、思っていることを報告したいと思います。

2多摩地域の保健所の統廃合の経過と現状

 現在の東京都多摩地域の保健所は、都道府県型の東京都保健所が5カ所(西多摩保健所、南多摩保健所、多摩立川保健所、多摩府中保健所、多摩小平保健所)と八王子市保健所、町田市保健所の計7カ所です。

 保健所法が廃止され、新たに地域保健法が施行された1997年に、それまでの17保健所・14保健相談所が統廃合されて12保健所になりました。さらに2004年には、市に移管予定の保健所を含めて二次保健医療圏に1カ所ということで7保健所に再統廃合されました。結果として、東京都保健所は、人口100万人あまりを管轄する多摩府中保健所や東京都の三分の一の面積を管轄する西多摩保健所に代表されるように、管轄地域が非常に広域になりました。

 保健所統廃合に当たって、市町村との役割分担、保健所の「機能強化」が喧伝されましたが、実際は管轄地域の広域化に加え、全体の職員定数も削減され、地域のニーズに応えることが難しくなりました。住民にとって保健所が遠くなり、保健所の職員も、必要な訪問、支援が十分にできない悩みを抱えています。

 また、準備が不十分なまま事務委譲が行われたことで、市町村との役割分担・連携のあり方に課題が残っています。特に今回のような感染症対策については保健所が全面的に担うことになっており、市町村との情報共有も難しい状況です。

3求められる保健所の体制

 私の体験では、各市に保健所や保健相談所があった時代が、一番充実した保健師活動ができたと思います。当時は感染症も地区担当保健師が対応していて、担当地域の結核患者の発生を地図にプロットして感染状況を把握し、その原因を地域の状況と結び付けて探る試みもしていました。保健所が統廃合された後は、発生届が出た患者の対応に追われ、地域の状況と結びつけて考える余裕がありませんでした。

 2009年の新型インフルエンザの対応時は、感染症対策係の職員だけでは全く対応しきれず、対応マニュアルを作成して他の部署の支援を受けました。しかし私が最初に担当した事例は、マニュアルどおりの判断では検査対象にならない人でした。やはり機械的なマニュアルによる対応には限界があり、感染症対応の経験を持ち専門的な判断ができる職員が多数必要だと思いました。

 新型コロナパンデミックでは、当初、検査体制が全く不十分な中、保健所に丸投げの状態で対策が進められました。保健所は相談、検査の絞込みと調整、入院調整と搬送、検体の搬入、感染経路・濃厚接触者の調査、健康観察と支援などの対応に追われ、結果として「保健所に電話がつながらず、やっとつながっても、求める対応をしてもらえない」などの事態が起こっていたと思われます。

 現在、さすがに東京都保健所にも応援の職員が派遣されていますが、私自身手伝いに入ってみて、できることの限界を感じました。正規の専門職員が、ぎりぎりの対応人数しか確保されていないことが問題です。平常時から非常時に対応できる専門職の確保を検討しておくことが必要です。

 感染症対策では「検査、保護、追跡」が重要とされています。不安で防衛的になっている人に、感染経路や接触者について真実を話してもらうためには、丁寧な関わりで信頼関係をつくることが大切です。そうした感染症対策を行なうためには、対応できる管轄人口規模や管轄面積の限界があることを痛感しています。そして実際に公衆衛生としての保健所機能を担っていくためには、地域とのつながりが必要不可欠で、それが担保される保健所体制が望まれます。

 個人的には1市1保健所・保健相談所体制に戻るのが理想ですが、それが難しいとしても、せめて2004年の再統廃合前の保健所体制、人口360万人の多摩地域に12保健所で、約30万人あまりの管轄人口だったら、まだ機能できたのではないかと思うのです。

 今回明らかになった課題を踏まえて、東京都には多摩地域の保健所体制の見直しを図ってほしいと切に願います。

4公衆衛生を国民の権利に

 保健所は、公衆衛生の第一線機関と位置づけられているにも関わらず、全国的に半減させられています。これを許した背景には、健康を社会的に守っていくという公衆衛生の考え方の後退があります。

 アメリカのウインスローは「公衆衛生とは、環境衛生の改善、伝染病の予防、個人衛生の原則についての個人の教育、疾病の早期診断と予防的治療のための医療および看護サービスの組織化、並びに、地域社会のすべての人に、共同社会の組織的な努力を通じて、疾病を予防し、寿命を延長し、健康と能率の増進を図る科学と技術である」と定義しています。健康は、個人の努力だけで守れるものではなく、社会的な視点と、組織的な努力が大切なのです。

 今、経済格差が健康格差に直結するようになっています。新型コロナウイルス感染症でも、貧困層の感染や死亡率が富裕層に比べ大きいことが指摘されています。

 その背景として、自助・共助を強調する新自由主義的な政治の姿勢があります。今回のコロナウイルス感染症の対策でも、個人や各自治体まかせにする姿勢が目につきます。PCR検査が他の国に比べて、全く拡充しない原因も、そこにあると思います。

 社会的共通資本としての保健や医療の重要性を再確認し、医療、公衆衛生を国民の権利として、しっかり位置づけていく取り組みが今こそ求められています。

(『東京保険医新聞』2021年1月25日号掲載)