乳腺外科医師裁判 判決の問題点を解説

公開日 2021年02月13日

 

 勤務医委員会は1月9日、セミナールームで乳腺外科医師裁判・上告趣意書学習会を開催し、Zoomと合わせて60人が参加した。主任弁護人である高野隆氏(高野隆法律事務所)が講演した。

 同裁判は、2016年8月、足立区の病院に勤務していた外科医師が手術後に準強制わいせつの疑いで逮捕され、後に起訴されたもの。一審(東京地裁)では、乳腺腫瘍摘出術後の女性患者に、わいせつ行為をしたという事実があったとするには、合理的な疑いを挟む余地があるとして、無罪判決となった。しかし検察が控訴した二審(東京高裁)では無罪判決を破棄し、外科医師に懲役2年の実刑判決を言い渡した。弁護団は最高裁に即日上告し、2020年11月10日に上告趣意書を提出した。

 高野氏は東京高裁判決が無罪とすべき人を有罪としたのは「著しく正義に反する事実誤認」であるとして、問題点を2点挙げた。

 1点目は科捜研の鑑定を採用したこと。科捜研はアミラーゼ鑑定、DNA定量検査、DNA型鑑定を行ったが、法廷では結果を記載したワークシート1枚しか示さず、それも鉛筆書きであり、消しゴムで消して上書きあるいは消した部分が少なくとも9カ所はある。またDNA定量検査の重要性を検事から言われていながら、2016年末の大掃除の際にDNA抽出液を廃棄してしまい、検証ができなくなってしまった。

 2点目は、「私はせん妄の専門家ではない」と言っている検察側証人の意見を全面的に採用したこと。検察側証人の井原裕氏(獨協医科大学埼玉医療センター教授)は、被害を訴えている女性は当時せん妄はあったが、幻覚があった可能性はほとんどなく、女性の証言は信用できるとしている。しかし井原氏は自分の専門領域である司法精神医学のテーマの一つである「酩酊」の分類とその責任能力に関する知見を、医学的根拠もなしに、せん妄の診断等に強引に当てはめ、専門家が依拠する診断基準や先行研究を頭ごなしに否定している。

 このような科学の基本から逸脱し、検証可能性に欠ける科捜研の鑑定や「専門家ではない」人間の証言を採用して有罪とするのは合理的な疑いがある、と高野氏は訴えた。

 参加者から「なぜ東京高裁では非科学的な判断が行われたのか」「どのようなスケジュールで再審決定がなされるのか」など活発な質疑応答が交わされた。当日の動画を協会ホームページで公開しているので閲覧いただきたい(医師・医療関係者限定)。また引き続きのご支援をお願いしたい。

 【参考】
最高裁は書面審理 
 第一審の地方裁判所の判決に対して不服がある場合は、高等裁判所に対して控訴することができ、第二審の高等裁判所の判決に対しては、最高裁判所に上告することができる。原判決に①憲法解釈の誤りがあること、②法律に定められた重大な訴訟手続の違反事由があることが上告の理由となる。最高裁判所は、①、②の場合は原判決を破棄しなければならず、さらに判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるときは原判決を破棄する。

 最高裁判所は、法律審であり、通常書面審理により行われる。上告理由がないと判断される事件ついては、口頭弁論を経ないで上告を棄却することができる。しかし、当事者から不服のある点について直接聞いたほうがよい事件は口頭弁論を開き、意見を述べる機会を設けた上で判決を言い渡す(裁判所HPから)。

(『東京保険医新聞』2021年2月5日号掲載)