[視点]コロナ禍での青少年の自殺を考える

公開日 2021年03月09日

コロナ禍での青少年の自殺を考える

                     

中央大学人文科学研究所 客員研究員 髙橋 聡美

 ■コロナ禍における青少年の自殺者数

 2006年に自殺対策基本法が制定され、10数年の間で3万人台だった自殺者数は2万人台にまで減少する中、青少年の自殺者数はここ数年増え続けており、1989年10万人に対して1・6だった未成年の自殺率は3と、30年で2倍になっている。そして、コロナ禍でその状況はさらに悪化している。 

 2020年の自殺者数は前年よりも750人多い2万919人(対前年比3・7%増)で、前年を上回ったのは11年ぶりであった。男性は135人減少しているが、女性は885人増加で過去5年で最多となった。年代別では青少年の自殺の増加が顕著であった。未成年者の自殺者数は2019年は602人であったが、2020年は11月時点で既に700人を超え、前年の数を上回っている(下図)。

■青少年の自殺増の要因

 日本全体にコロナうつといわれる状態が見られるようになった。オリンピックをはじめ、できたはずの行事が予定変更になったり、先行きの見えなさに不安と焦りを抱いたり、みんなそれぞれが「あいまいな喪失」をしている。

 2020年の8月の自殺者数は、2019年の8月に比べて、全体としては1・2倍増えており、女性は1・4倍であった。自殺の内訳を厚生労働省の「地域における自殺の基礎資料」から分析したところ、女性は10代から70代までのすべての世代で増加していたが、とりわけ、女子中学生は2020年8月は前年8月と比べて4倍で、女子高校生は7倍以上になっていた。また、自殺の手段について、飛び降りや電車への飛び込みなど確実に既遂できる方法が増えており、自殺に至る心理プロセスが普段と異なることが考えられた。

 女性に自殺が増えた要因としては、ステイホームにより家庭内でのDV・虐待が悪化した可能性や、相談のため電話をかけようにも家に人がいてかけられない、外食や友人と会うことでストレス解消をすることもできないなど、ストレスの増大と反比例してストレスの対処法や問題の解決策の選択肢が少なくなっていったことが挙げられる。もともと、男性は仕事の悩みなど家の外にストレスを抱えることが多いが、女性は夫や姑との関係性、子育て・介護の悩みなど家庭内での悩みを多く抱えがちである。また、コロナの影響で女性たちが、仕事を失い貧困に陥る事態も生じ、精神・経済・社会的に窮地に立たされた事例もあった。

 青少年の自殺が増えたことに関しては、リモートで人間関係が希薄になり、ストレス解消ができない、睡眠リズムや食生活が崩れるなど、もともとリスクの低い人たちもメンタルヘルス上のリスクを負いやすい状況になっている。虐待・DV・ヤングケアラーなどの家庭問題や貧困問題、学業問題など、それまで抱えていたものがコロナにより悪化し、これまでハイリスクの若者がよりハイリスクになった。自粛の中、青少年たちは集まる場所がなかったり、家にいづらい子どもたちの逃げ場がなくなっているケースもある。

■有名人の自殺の影響~ウェルテル効果

 この1年は自死報道が多数あった。自死報道を受け自殺が増えることを自殺学では「ウェルテル効果」と言い、「自死報道が大きいほど自殺が増える」「自死報道の記事が手に入りやすいコミュニティほど自殺が増える」ということがわかっており、若者ほどその影響が大きいことも明らかになっている。

 このことを踏まえ、WHOは、①自殺の報道記事を目立つように配置しない②報道を過度に繰り返さない③自殺をセンセーショナルに報じない④自殺に用いた手段や場所などを報じない等の自死報道ガイドラインを示しているが、芸能人の自死報道においてはこれらの提言が守られていないのが現状である。その人に憧れる若者たちは同じ方法で死にたいと思うし、もともと希死念慮のある若者たちは、報道を見て「その方法だと死ねる」と学習してしまう。

 梅田の高校生の飛び降りの自死報道でもビル名が報道されたが、果たしてその必要性はあったのか。自死報道に関しては何が自殺予防になり何が自殺を誘発するのか、私たち受け止める側もしっかりと考えていかなければならない。

■感染対策とメンタルサポートは同時に

 秋以降もやはり前年よりも自殺者数が多いことを考えると、「ウェルテル効果」が青少年の自殺増の主因だと断言することは今後の自殺対策に悪影響であると私は考えている。増加の原因を一つに限定することなく、様々な要因を考慮しなければならない。

 コロナ禍で自殺が増えたというが、そもそも青少年の自殺対策が非常に脆弱だったところにコロナ禍という心理社会的危機が襲ってきており、コロナ以前の問題なのである。実は普段の「生きづらさ」への対策不足がコロナ禍で露呈しただけだと私は思っている。

 自殺対策は特別なものではない。子育て政策・介護政策・失業政策・医療福祉・教育など人々の生活を支える社会のしくみ一つひとつが自殺対策になる。医療現場はコロナ対策の最前線にあるが、感染対策とメンタルサポートは同時に行っていかなければならないと考える。

 コロナ感染で亡くなる人が出ないことはもちろん、コロナ禍で心を病んで亡くなる人や経済的に追い込まれて亡くなる人が出ないように、今一度、心のケアも丁寧に行っていかなければならない。

【参考資料】
自殺対策白書令和2年版
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/jisatsuhakusyo2020.html

自殺の統計:地域における自殺の基礎資料
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000140901.html

令和2年の月別自殺者数について(12月末の速報値)
https://www.npa.go.jp/news/release/2021/20210119002.html

(『東京保険医新聞』2021年2月15日号掲載)