[視点]デジタル改革関連法案の目的と危険性

公開日 2021年05月07日

デジタル改革関連法案の目的と危険性

                     

東京南部法律事務所 弁護士 大住 広太

 

1デジタル監視法案の目的

 菅内閣が目玉政策として掲げるデジタル化を強力に推し進めるデジタル改革関連6法案(デジタル監視法案)が国会で審議されています。

 デジタル社会形成基本法案第1条に「デジタル社会の形成が、我が国の国際競争力の強化及び国民の利便性の向上に資する」と記載されているように、デジタル監視法案の目的は、我々の個人情報の利活用を進めることです。そのために、デジタル庁を設置し、個人情報保護制度と情報システムの統一化を図っています。

2国家による個人情報の管理

 デジタル庁は、内閣総理大臣を長とし、デジタル化に関する広範な事務を担い、他の省庁への勧告権(勧告を受けた省庁は勧告を尊重する義務を負い、対応の報告も求められます)を有するなど、強大な権限を持っています。デジタル庁の職員には民間企業からも相当数が登用され、兼業も可能とされており、国の施策に民間企業の意向が反映される可能性があります。

 また、個人番号(マイナンバー)等の利用、情報提供ネットワークシステム(個人番号と関連付けられた個人情報をやり取りするシステム)の設置・管理もデジタル庁が行います。個人番号の利用は個人番号法によって制限されていますが、個人番号と紐づけられた情報について、デジタル庁がアクセスすることが技術上可能になると思われます。

 また、警察は、犯罪捜査等に関連し多くの個人情報を集めています。警察が収集したDNAデータは、2020年12月時点で145万件に上り、2020年3月からは民間の防犯カメラやSNSの画像などを顔認証システムで照合していたと報道されています。さらに、捜査照会(刑事訴訟法197条2項)という制度を用いて、行政機関や民間企業に個人情報の開示を求めることも多々あり、多くの場合に開示されているのが現状です。

 このようにして集めた個人情報が、政治のために利用されることは決して許されません。しかし、現実には政権の都合のために使われたと疑われる事例が存在します。最近では、安倍前首相の演説中にヤジを飛ばした市民が警官に排除されるという事件も発生しました。警察が政権の都合のために動いているのです。デジタル監視法案によって、情報管理システムの統一化がなされれば、情報の共有は容易となり、監視社会がより進展します。政府にとってみれば、都合の悪い人物の監視が容易となり、また、有事の際には必要な人材を収集することができる等、都合の良い社会を作り上げることができます。

3個人情報保護制度の充実が必要

 このような事態に至っているのは、日本における個人情報保護制度が不十分であることによるものです。

 EUの一般データ保護規則(GDPR)では、個人データの取り扱いに関する権利は基本的な権利の一つであると位置づけ、自己情報コントロール権として、アクセス権、訂正の権利、消去の権利等、様々なデータ主体としての権利を規定しています。また、異議を述べる権利や自動化による決定の対象とされない権利等、AIのプロファイリングによる不利益から保護される権利も定められています。

 しかし、日本においては、データ主体としての権利の位置づけは薄く、自己情報コントロール権としての保障が不十分です。デジタル監視法案でも、その点の改正はなされていません。行政機関による個人情報の第三者提供は原則として本人同意がある場合に限定するとしていますが、法令に基づく場合や、所掌事務の範囲内かつ相当の理由がある場合等は本人同意なく他の行政機関への提供が可能とされています。この程度の限定では、その解釈次第によって広範に第三者への提供が可能となってしまいます。

 まずは、事実上無制限になっている警察を含む行政機関による個人情報の取得と利用をきちんと制限する制度的保障が必要です。そのためには、独立した第三者機関による監督が不可欠です。デジタル監視法案では、個人情報保護委員会が行政機関も監督することとされていますが、ドイツなどで認められている立入検査や削除命令などの権限は認められていません。デジタル化を進める以前に、個人情報の不正な取得、利用を阻止する制度の構築が不可欠です。

4地方自治の本旨に背く標準化

 また、地方自治体の個人情報保護制度の統一化も大きな問題です。日本においては、まず、先進的な自治体の取組みによって個人情報保護条例が作られ、国はこれを後追いする形で個人情報保護法制を整備しました。このような経緯から、地方自治体と国とで分権的な個人情報保護システムが構築されてきたのです。しかし、デジタル監視法案はこれを全て統一化・標準化します。地方自治体が住民との合意に基づいて作り上げてきた独自の制度も破壊してしまうのです。

 さらに、地方公共団体の情報システムも統一化され、地方自治体が情報システムをカスタマイズすることも困難になります。そうすると、地方自治体が独自の公共サービスを実施しようとしても、情報システムの改変ができず、独自の公共サービスの実施が阻害される可能性があります。自治体ごとの独自性や違いを考慮することなく、一律なデジタル化を押し付けることは、憲法で規定された地方自治の本旨に反するものといえます。

5危険性を広げる運動を

 その他にも、転職時における使用者間での労働者の特定個人情報の提供、医師や看護師などの資格とマイナンバーの紐づけなど、デジタル監視法案にはたくさんの問題点があります。それにもかかわらず、拙速な審議で成立させようとすることは許されることではありません。

(『東京保険医新聞』2021年4月15日号掲載)