寄稿 新型コロナワクチンの特許料免除の要請

公開日 2021年05月07日

新型コロナワクチンの特許料免除の要請

1607消夏号座談会から
須田 昭夫(新宿区・須田クリニック)

 WTOのオコンジョイウェアラ事務局長は3月9日、発展途上国で新型コロナワクチンの生産をすすめる緊急措置を呼び掛けた。同氏はナイジェリアの元財務相で、最近まで発展途上国のワクチン普及を目指す国際組織「Gaviワクチンアライアンス」の理事長を務めていた。特許権の問題が解決すれば、約半年で生産拠点を立ち上げることができるという。

 新型コロナのパンデミックに対する治療薬剤の成績が芳しくない中、ワクチンの速やかな生産と接種が待たれているが、アフリカ・東南アジアへのワクチン供給は明らかに遅れている。80カ国以上の発展途上国が、ジェネリックメーカーによるワクチン製造を可能にするために、知的財産権協定(TRIPS)の適用除外を求めている。パンデミックが全地球的な災害となっているときに、富裕国の医薬品メーカーが利益を優先して、貧困国の人命を見捨ててよいのかという問題である。

 国境なき医師団(MSF)によれば、約100カ国がワクチン生産のために、TRIPSの適用除外を支持している。WTOは昨年10月にインドと南アフリカが提案し、58カ国が共同提案国になっているこの議題について8回目の協議をおこなったが、EU諸国、ノルウェー、スイス、英国、米国、カナダ、オーストラリア、日本などが反対して、合意には至らなかった。提案の承認にはWTO加盟164カ国・地域の、一致した合意が必要である。

 ワクチンや医薬品は嗜好品ではない。生きてゆくために必要なものは、水や空気のように自由に手に入るべきである。今回のワクチンの成功は1社のみの手柄ではない。ワクチンは人類と、人類が育てた自然科学の産物である。その業績を1社が独占して天文学的な利益を上げながら、多くの人達を見捨てることは許されない。

 ワクチン開発に必要とされた努力と、成功をなし遂げた幸運には報いなければならないが、無制限な報酬の要求は野蛮であり、拒否しなければならない。いかに有効な薬剤であっても、支払えないほどの高額な薬価が認められないのと同じである。競争の1着となったメーカーが莫大な利益を独占するために、発展途上国の人々の生命を無視することは許されない。

 たとえば1着となったワクチンの特許権を国連が買い取り、発展途上国には安価に提供するのはどうだろうか。1着の製品の利益は、2着、3着のメーカーにも、それなりの報酬を提供できるだろう。医薬品開発に伴なうリスクは大きい。リスクの平準化が図られても良いだろう。

 人類は社会的共通資本の概念に目覚めるべきである。新型コロナのパンデミックに出会った人類は、利潤を最高の目的とする経済活動が地球の環境を壊し、人々の生活を犠牲にしているという、社会の過ちに気付かなければならない。

 住宅、医療・介護、保育・教育、誇りを持てる待遇の労働、水と空気など、人の生命と生活に必須なものは私的な独占を避けて、すべての人がたやすく入手できる社会こそ、文明社会と呼べるだろう。人類はいま富の偏在を抑制して社会的共通資本を育てる時だ。

 ノーベル賞を受賞した大村智博士が開発したイベルメクチンは特許を申請せず、いまアフリカで、糞線虫症による失明から多くの人を救っている。共有財産の一例である。

(『東京保険医新聞』2021年4月15日号掲載)