[視点]生活保護基準引き下げ違憲訴訟大阪地裁判決の意義と課題

公開日 2021年06月11日

生活保護基準引き下げ違憲訴訟 大阪地裁判決の意義と課題

                     

きづがわ共同法律事務所 弁護士 冨田 真平

 

1 はじめに

 2021年2月22日、大阪地方裁判所第2民事部(森鍵一裁判長)は、2013年から2015年にかけて段階的に行われた史上最大(平均6・5%、最大10%、総額670億円)生活保護基準の引き下げ(以下「本件引き下げ」という)について、生活保護法3条、8条2項に反して違法であると判断し、原告らに行われた保護費引き下げ処分を取り消す判決を下した(ただし、原告らの国家賠償請求は棄却)。

 本件引き下げについては、全国29地裁でこの取消を求める裁判が提訴され、1000人を超える原告が闘っているが、2020年6月25日に全国で初めての判決となる名古屋地裁判決で引き下げを適法とする不当判決が下された。本判決は、この名古屋地裁判決に続く全国で2番目の判決となったが、名古屋地裁の不当判決を乗り越え、厚労大臣が行った保護基準引き下げの違法性を認めた画期的な判決である。

2 国が引き下げの根拠として主張したこと

 国が、本件引き下げの根拠としたのは、①デフレ調整と②ゆがみ調整の2つである。

 ①デフレ調整とは、物価が下落したため、これに合わせて保護費を減額するというものであり、厚生労働省が独自に作成した物価指数をもとに物価の下落率を計算している。②ゆがみ調整とは、所得下位10%の消費実態と生活扶助基準の消費実態を指数を用いて比較したところ、年齢・世帯人員・地域別に「ゆがみ」があったのでこれを是正するために調整を行ったというものである。

 本判決では、①デフレ調整について、違法と判断された。

3 本判決の内容

⑴判断枠組み
 本判決は、生活保護基準の改定について厚労大臣に裁量を認めつつ、「主として保護基準の改定に至る判断の過程及び手続に過誤、欠落があるか否か等の観点から、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等について審査されるべきもの」と判示し、判断の過程及び手続に過誤・欠落があれば、裁量の逸脱濫用として違法となると判示した。これは、従前の判例(2012年4月2日の老齢加算廃止訴訟最高裁判決)と同様の立場である。

⑵デフレ調整の違法性
 その上で、本判決は、デフレ調整について、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性がないとして、判断の過程及び手続に過誤・欠落があるとした。

 本判決が問題としたのは、①2008年を起点として、2011年の物価と比較した点、②厚労省が独自に作成した物価指数である「生活扶助相当CPI」を用い、物価下落をマイナス4・78%と計算した点の2点である。

ア 2008年を起点とした点について
 本判決は、厚労省が物価下落の計算をする際に2008年を起点としたことについて、「2008年は、…多くの食料品目の物価が上昇したことにより、消費者物価指数(総合指数)が11年ぶりに1%を超える上昇となった年であり、…特異な物価上昇が織り込まれて物価の下落率が大きくなることは、…明らかであった」と指摘し、このように特異な物価上昇があった2008年をわざわざ選んだ(そのため物価の下落率が大きくなった)ことについて合理的な理由がないことから、統計などの客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠くと判断した。

イ 生活扶助相当CPIを用いた点について
 生活扶助相当CPIとは、総務省が作成する消費者物価指数(CPI)を基礎に、今回の生活保護基準引き下げのために厚労省が新たに作成した物価指数である。

 総務省が作成する消費者物価指数では、2008年から2011年にかけての物価変動はマイナス2・35%であったが、厚労省作成による生活扶助相当CPIでは、マイナス4・78%と総務省の作成した物価指数に比べて大きく下落していた。本判決は、このように消費者物価指数の下落率(マイナス2・35%)よりも大きな下落率になっている生活扶助相当CPIの下落率(マイナス4・78%)に基づいて生活扶助基準を引き下げることというのは、結局保護利用世帯が一般的世帯よりも物価の下落の影響を大きく受けているということを前提にしているはずであると指摘した上で、保護利用世帯が物価の下落の影響を大きく受けていることを裏付ける統計や専門家の作成した資料等はないと判示した。

 さらに、本判決は、このように厚労省が作成した生活扶助相当CPIの下落率が、消費者物価指数よりも著しく大きくなったのは、教養娯楽の費目(テレビ、ビデオレコーダー、パソコン等)の物価の大幅な下落が大きく反映されているからであるとし、保護利用世帯のこのような教養娯楽費の支出は、社会保障生計調査などからすればむしろ一般の世帯よりも低いと判示した。

 本判決は、以上のように述べた上で、総務省が作成した消費者物価指数の下落率よりも著しく大きい下落率をもとに基準を引き下げたことについて統計などの客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠くと判断した。

4 本判決の意義と課題

 本判決は、判断枠組み自体は従前の判例の枠組みに基づきながら、本件引き下げに至る厚労大臣の判断過程について、統計などの客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性があるのかという点をしっかりと判断した。特に、本判決では、保護基準引き下げに見合うだけの生活保護利用者の需要の減少があったことについて、統計や専門家の裏付けがあるかという点をきちんと審査していることが重要である。

 また、国(厚労大臣)が行った生活保護基準の引き下げについて司法の役割を放棄せずに真正面から違法と判断したことは(本来当たり前のことではあるが)「司法が生きていること」を感じさせる判決であった。

 他方で、本判決は、国家賠償について、減額された保護費相当額が支給されることや基準引き下げが違法と判断されることでも精神的苦痛が回復されることから、さらに慰謝すべき精神的苦痛が原告らに生じているものとまでは認め難いとして請求を認めなかった(原判決89頁)。この点については、基準引き下げによって原告らに現実に生じた精神的苦痛を不当に矮小化するものであり、不当であるといえる。

5 闘いは高裁へ

 自治体側が控訴し、国家賠償請求については原告側も控訴したことで闘いの舞台は大阪高裁に移った。高裁では、本判決をさらに前進させ、国家賠償請求を認めさせることができるよう原告団・弁護団・支援者が一体となって闘い抜く所存である。

(『東京保険医新聞』2021年5月5・15日合併号掲載)