[視点]リニア中央新幹線工事がもたらすもの

公開日 2021年08月11日

リニア中央新幹線工事がもたらすもの

                     

ストップ・リニア新幹線訴訟 弁護団共同代表 弁護士 関島  保雄

 

1 リニア中央新幹線計画の概要

 リニア中央新幹線(以下「リニア新幹線」)は、JR東海が、民間事業として建設する鉄道事業である。超電導磁気浮上式により、時速505㎞で、東京・名古屋間約40分、東京大阪間約67分で走行する。

 ルートは、諏訪経由の伊那谷ルート、木曽谷ルートおよび南アルプス横断ルートの中から、直線の南アルプス横断ルートが採用された。この為、東京名古屋間では86%が、東京大阪間でも約70%がトンネルと、殆どトンネル構造である。

 2014年10月にJR東海は、国土交通大臣から東京名古屋間の工事計画の認可を受けた。東京名古屋間を2027年までに完成させ、名古屋大阪間完成は2037年の予定だ。

 停車駅は、東京名古屋間では、品川(東京)、相模原(神奈川県)、甲府(山梨)、飯田(長野)、中津川(岐阜)、名古屋(愛知)と各都県に1つ。東京名古屋間は1時間に往復約10本(東京大阪間は往復20本)、16両編成で定員1000人であるが、途中駅停車は1時間に1本に過ぎない。

 工事費は、東京名古屋間が5兆4300億円、名古屋大阪間が3兆6000億円の合計9兆300億円の計画ではじまった。しかし、既に今年4月段階で1兆5000億円が追加となり、今後トンネル工事の進展次第では工事費が益々増加することが予想される。

2 リニア新幹線の目的や意義について

 JR東海は、建設目的として、以下の点を挙げる。

①既存の東海道新幹線が1964年開業で修理等が必要であること、東海・東南海地震が起きる確率が高く、東海道新幹線が地震や津波で走行できない場合に備え、東京、名古屋、大阪の大動脈の輸送を二重系列化して将来のリスクに備える。

②東京・名古屋・大阪がリニア新幹線実現で約1時間と通勤圏となることで、7000万人の巨大都市が誕生し、世界に対抗できる機能的都市を実現する。

③沿線都市の経済発展に寄与する。

④超電導リニアの先進技術で世界の鉄道技術をリードし、他産業への波及効果も見込まれる。

3 リニア新幹線工事の問題点

⑴南アルプスの生態系破壊

 リニア新幹線工事は、自然の宝庫である南アルプスに約25㎞の長大なトンネルを掘るため、地下水位の低下や枯渇・河川の減水等により、南アルプスの高山植物や雷鳥、猛禽類等の生態系が破壊される危険がある。

⑵大井川の減水被害

 大井川の水が、トンネルに毎秒2トン漏水する結果、大井川下流域の約62万人の飲料水、農業用水、工業用水に影響を与える。

 静岡県知事は、漏水した水を100%大井川に戻さない限り静岡県内の工事を許可しないとしており、まだ解決の見通しもたたない。

⑶膨大なトンネル発生土による環境被害

 トンネル発生土は、約6358万㎥(東京ドーム51杯に相当)と膨大な量である。発生土の運搬車両による交通量の増加により、騒音、排ガス、振動、交通渋滞等の生活被害が予測されている。それだけでなく、谷間等に埋める発生土置場建設による自然環境破壊や、土砂災害の危険性が指摘されている。

⑷超電導磁石の電磁波による健康被害

 JR東海は、国際非電離放射線防御委員会のガイドラインである400ミリテスラ以下であるから問題ないとしているが、磁界慢性被曝が小児白血病のリスク上昇と関連しているとの研究があり、危険性が指摘されている。

⑸事故の危険性と乗客の安全確保の不備

 飛行機の滑走と同様に、浮上走行に至る前のタイヤ走行が多く、タイヤ事故の危険性が高いこと、磁場を失うクエンチ現象の危険性が完全に払拭されていないこと等が指摘され、トンネル内での事故が起きた場合の乗客の安全な救済が確保されていない。

⑹地盤陥没の危険性

 東京都調布市で起きた、外郭環状道路の大深度地下トンネル工事での地盤陥没事故に見られるように、住宅街での大深度トンネル工事による地盤陥没事故の危険性はリニア新幹線工事でも危惧されている。

⑺直下型地震と人命被害

 リニア新幹線のルートは、南アルプスを始め地震の巣となる断層が多数存在する。直下型の地震が起きれば、リニア新幹線自体も走行不能となり、多数の人命被害が予測される。

⑻巨大な電気消費量

 リニア新幹線の消費電力は現行新幹線の3・5倍から4・5倍と言われている。消費電力の省力化が叫ばれている時代に逆行する。

⑼7000万人の巨大都市圏は幻想

 日本の人口は減少期にある中で、東京名古屋大阪を結ぶ7000万人の巨大都市圏が必要なのか疑問である。

4 財政投融資により国家事業となった不透明な展開

 リニア新幹線工事は、JR東海が、工事費約9兆円全額を自己負担することを前提に始まった民間事業である。この為、建設の必要性等について国会で議論が無かった。

 ところが、2016年、突如、政府は、名古屋大阪間の完成を8年前倒しすることを口実に、3兆円の財政投融資をJR東海に行った。その背景には安倍元首相と葛西JR東海名誉会長の不透明な親密関係が指摘されている。

 この財政投融資で、リニア新幹線工事は国家事業へ転換したことになる。万一JR東海が、3兆円を返済できなければ、国や国民がその尻ぬぐいをさせられる。また倒産の危機になれば国税の投入が避けられない。

5 JR東海は今こそ計画を白紙にすべき

 リニア新幹線計画に反対する沿線住民約700名余が、2016年5月に国土交通大臣の工事計画認可の取り消しを求めて提訴した。その後、2019年に山梨県住民8人が騒音等の被害を中心に工事差止訴訟を、2020年静岡県内の住民107人が大井川の水利権侵害や南アルプスの生態系破壊等を理由に工事差止訴訟を提起するなど、リニア新幹線に反対する訴訟や運動も高まっている。

 一方、JR東海は、新型コロナの感染拡大による乗客の減少から、2021年3月期の決算が、3000億円を超える赤字となった。リモートワークの拡大等乗客減少が続くと、3兆円の返済も、リニア新幹線工事費の支払も困難になる。JR東海は、トンネル工事がほとんど進んでいない現在こそ、リニア新幹線計画を自ら白紙にするチャンスである。

(『東京保険医新聞』2021年7月25日号掲載)