[視点]国保料値上げと国民皆保険の危機

公開日 2022年02月10日

国保料値上げと国民皆保険の危機

                     

東北福祉大学総合福祉学部准教授 佐藤  英仁

 

1広域化され間もなく4年

 2015年5月、「持続可能な医療保険制度を構築するための国民健康保険法等の一部を改正する法律」が成立した。これにより2018年4月から市町村単位で運営されていた国民健康保険(以下、「国保」と表記する)は都道府県単位に広域化(都道府県化)され、これまでの市町村に加え、都道府県も運営に参加することになった。都道府県は財政運営の責任を担い、市町村ごとの「国保事業費納付金」を決定している。一方、市町村は保険料の賦課、徴収や保険給付の決定を行い、国保事業費納付金を都道府県に納付している。

 国保が広域化され、4年が経とうとしているが、国民皆保険制度を揺るがす深刻な問題を引き起こしている。ここでは、国保の広域化の「何が問題なのか」を示していく。

2国保料値上げの大問題

 都道府県によって決めた「国保事業費納付金」(以下、「納付金」と表記する)を、各市町村は納付しなければならない。これを支払うため市町村は保険料を徴収することになる。納付金は一切値切れないため、市町村はこれを支払うために必死である。万が一、保険料だけで納付金を賄うことができない場合、市町村が取れる選択肢は3つしかない。1つ目は、市町村の一般会計から国保に繰り入れる(法定外繰入)こと、2つ目は国民健康保険の保険料(以下「国保料」と表記する)を値上げすること、3つ目は収納率を上げることである。

 一般会計から国保に繰り入れることに関して、国保加入者という限られた住民に対して税金(一般会計)を投入することへの反対が市町村議会などで以前から出されていた。また、厚生労働省も法定外繰入に関して、「介護保険制度では財政の均衡を保つ旨の規定の存在により一般会計からの法定外繰入れの余地が生じないこと等を踏まえ、国⺠健康保険法についても同様の規定を導入することや都道府県国保運営方針において都道府県内の市町村における法定外繰入れの解消に向けた計画の記載を求めるなど、法定外繰⼊れの解消を⼀段と加速化するための制度的対応を講ずるべき」(令和2年10月8日財政制度等審議会資料)との方針を出している。

 法定外繰入ができないとすると残る選択肢の1つが国保料の値上げである。実際、厚生労働省生は国保料の年間上限額を2023年4月から、現行の99万円から3万円引き上げ、年額102万円とする方針を示している。国保料の年間上限額の引き上げは毎年行われている。国保の広域化が行われる前の2017年度は89万円であったが、広域化が行われた2018年には4万円引き上げられ93万円に、2019年度には3万円引き上げられ96万円に、さらに2020年度も3万円引き上げられ99万円となっていた。一般会計から繰り入れができなければ、年間上限額だけではなく国保料を値上げせざるを得ないだろう。

 国保は自営業者の保険と思われているが、実は少し違う。2019年度の厚生労働省「国民健康保険実態調査」によれば、国保加入者で最も多いのは「無職」であり、44・8%である。次いで「被用者」32・7%、「自営業者」15・9%、「農林水産業」2・3%となっている。そもそも収入がない「無職」が加入している医療保険であるため、国保料の値上げには対応できない。また、ここでいう「被用者」は正規雇用の労働者ではなく、パートや派遣といった非正規雇用が多くを占めており、相対的に賃金の低い人々である。やはり、国保料の値上げは大きな負担となり、支払えない人が増えるだろう。現在のコロナ禍で倒産や業績不振にあえいでいる企業が増加する中、今後、無職や非正規雇用が増加すると予想される。そうなれば国保加入者が増加する可能性があるが、国保料を支払えない人々は少なくないだろう。

3無保険者の実態と国民皆保険の危機

 法定外繰入ができない市町村のもう1つの選択肢は収納率を上げることである。厚生労働省国民健康保険課が国保の財政状況を取りまとめた調査によれば、2020年度に保険料を滞納していた世帯は全加入世帯の13・4%であり、235・3万世帯である。このうち「短期被保険者証」の交付世帯は56・9万世帯、「資格証明書」の交付世帯は12・4万世帯であり、両者を合わせると69・3万世帯となる。これは滞納世帯の29・5%を占めている。この調査では世帯数のみで示されているため正確な人数は分からないが、2020年度の国保の加入世帯が1733万世帯、被保険者数は2660万人であることから、1世帯当たりの被保険者数は1・53人(2660万÷1733万)と考えられる。したがって、正規の被保険者証を取り上げられている人は約106万人(69・3万×1・53)と推定できる。

 収納率を上げるために、「短期被保険者証」や「資格証明書」の交付を行っており、これは滞納者への制裁と見ることができる。特に「資格証明書」は医療機関の受診の際に医療費の全額を支払う必要があるため、実質無保険状態と言える。国民皆保険の日本において、すでに12・4万世帯、推定約19万人(12・4万×1・53)が無保険状態ということは国民皆保険の危機と言わざるを得ない。保険料の値上げは滞納者を増加させ、ますます無保険状態の人を作り出すことになるだろう。

4国の責任を

 国保は社会保険の1つであるため、社会保障制度である。社会保障制度について憲法25条の第2項には「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とあり、さらに1950年に社会保障制度審議会によって出された「社会保障制度に関する勧告」には「いわゆる社会保障制度とは、…すべての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにすることをいう。このような生活保障の責任は国家にある」と明記されている。もちろん、地域の実情に応じて社会保障を実現させる必要があることから国が一律に社会保障を展開するのがいいというわけではないが、少なくとも国保財政の責任者は国といえるのではないだろうか。国保への国の負担分である定率国庫負担は2005年度までは40%であったのが引き下げられ、2006年度からは34%、2012年度にはさらに引き下げられ現行の32%となっている。医療費適正化の名のもと国の負担が削減されてきた事実は見逃せない。

 本来、国が国保財政に責任を持たなければならないはずがそれを放棄して国庫負担を減らし、財政運営の責任は都道府県に委ねている。都道府県は市町村ごとの納付金は決めるが、結局のところ、保険料を徴収する市町村が国庫負担の減少を補わなければいけない構図となっている。国保加入者の負担を増やさないための一般会計からの繰り入れが悪いのではなく、一般会計から繰り入れせざるを得ない状況を作り出した国の責任は重いと言えよう。

 同時に、国保料滞納者への制裁を科すのではなく、国や都道府県、市町村は滞納せざるを得なかった世帯の実態把握に努め、無保険状態に置かれている住民への対策を講じる必要があるだろう。
 

(『東京保険医新聞』2022年1月25日号掲載)