[視点]電子的保健医療情報活用加算に見る「アメとムチ」

公開日 2022年04月15日

電子的保険医療情報活用加算に見る「アメとムチ」

                     

城北法律事務所 弁護士 片木  翔一郎

 

1オンライン資格確認と活用加算の導入状況

 2021年10月からマイナンバーカードを用いたオンライン資格確認が本格運用されていますが、2022年1月時点で、オンライン資格確認等システムの運用をしている医療機関は約11%にとどまっています。

 そこで、オンライン資格確認を普及させるべく、2022年4月の診療報酬改定からは、オンライン資格確認を実施している医療機関において、一定の医療点数を算定できる「電子的保険医療情報活用加算」が実施される予定です。

2導入のメリットとデメリット

 「電子的保険医療情報活用加算」が実施されることによる医療機関側のメリットは、いわずもがな、患者一人当たりの単価上昇です(ただし、あくまで普及推進の目的であるため、オンライン資格確認の普及がある程度進めば将来的に加算が打ち切られる可能性があります)。これに対するデメリットとしては、導入コストの負担が考えられます。

 他方で、患者の側からは、目に見える特段のメリットはなく、医療費が増大するデメリットがあるのみです。すなわち、医療点数が加算されるということは、患者からすれば値上げと同じです。従って、オンライン資格確認を導入している医療機関か否かによって医療費が異なるということになります。これにより、抽象的には、オンライン資格確認を導入している医療機関(=値段の高い医療機関)を患者が避けるということも考えられます。

 このように、「電子的保険医療情報活用加算」は患者にはメリットがなく、医療機関にとってもメリットがあると言えるのか不確かなものです。それにもかかわらずこれが実施されるのは、ひとえにマイナンバー運用の普及推進のためです。

3マイナンバー制度の根本的問題点

 政府のマイナンバー普及の狙いは、行政の保有する情報の一元化を進めて効率化するところにあります。種類の違う様々な情報をマイナンバーで紐づけて管理することで、利用しやすくなるからです。

 他方で、国家権力が国民の情報を利用しやすくなるということは、裏を返せば国民の一人ひとりの情報の監視が以前より容易になるということです。これは監視国家化につながります。また、情報漏洩が起こった際には被害が拡大するのではないかとの意見もあります。

 これらの問題については、今現在、マイナンバーがどのように運用されているかという観点からの検討だけでは不十分です。国家権力が制度を作るときは、国民の嫌悪感の少ないものから少しずつ作ることがあります。仮に現在の運用に問題がなかったとしても、将来的に運用が拡大・変更されると、濫用や情報漏洩のおそれが高まる可能性があります。

4利益付与による自己決定権の侵害

 ところで、このようなマイナンバー普及のための「バラマキ」は、医療分野に限りません。マイナンバーカードを作成したり、健康保険証としての利用申し込みを行ったりすると高額のポイントが付与されるという「マイナポイント事業」も実施されています。その効果か、マイナンバーカードの取得率は2020年1月に約15%だったのが、2022年1月末時点で40%を超えています。

 こういった、政府の意に沿う行動をとったことに対して特典が付与されるという政策は、国民からすると一見、「お得」に見えますが、非常に危険です。

 例えば、マイナンバーカードを発行しない自由があっても、コロナ禍で生活に困窮して生きるか死ぬかというところで、ポイントを目の前にぶら下げられたら飛びつかずにはいられないでしょう。これは、国民の意思決定に介入されているのと同じであり、憲法13条により認められている自己決定権が捻じ曲げられている状態です。本来、主権者たる国民の意思に合わせて政府が動くべきところ、逆に政府の意思に国民が従っているのでは、いったい誰のための政府かわかりません。

5まとめ

 「○○しなければ罰則」と国民を強制することはしばしば批判されますが、「○○すれば優遇」と国民を誘導することについては見過ごされがちです。しかし、使う物が「ムチ」なのか「アメ」なのかが違うだけで、国民の自己決定権を奪うという目的は同じです。

 このような目先のニンジンによる誘導は、改憲議論レベルでも行われています。例えば、現在議論されている改憲案には緊急事態条項の設立や自衛隊加憲のほかに、耳障りの良い「教育無償化」の明記が挙げられています。子育て家庭にとっては嬉しい話です。

 しかし、これらは全く別々の内容であり、本来一緒に検討されるべきものではありません。国民の抵抗が強い項目についての改憲を行うための「アメ」として、わざわざセットで検討されていることは明らかです。

 おいしい話には裏がある。これは相手が政府でも同じことです。


 

(『東京保険医新聞』2022年3月25日号掲載)