[視点]テロ・戦争時の原発の危険性

公開日 2022年05月14日

テロ・戦争時の原発の危険性

                     

原子力資料情報室 共同代表 伴  英幸

 

ウクライナ侵略という暴挙 民間人の犠牲広がる

 2月24日にプーチン大統領は突如としてウクライナ侵攻という暴挙に出た。彼の目論見を超えて戦闘は長期化し、民間人を含む無差別攻撃へと質・量ともにエスカレートしている。今では化学兵器使用や核兵器使用の脅威も指摘されている。

 兵士の犠牲もさることながら、民間人の犠牲者がいっそう増え、国連人権高等弁務官事務所によれば、3月末日の時点で死者数が1200人を超え、実数はさらに多いとしている。また、4人に1人が家を追われ、国外避難者数は400万人を超えている。2014年以降のあるいはそれ以前からの経緯を踏まえても武力による侵略は言語道断だ。プーチン大統領に即時撤退を求めたい。

原発への攻撃・占拠続く放射能拡散の危機

 ロシア軍による原発制圧に世界は驚愕した。チョルノービリ(チェルノブイリ)原発には4基の原発がある。1986年4月26日に4号基が爆発事故を起こし、噴き上げられた放射能は北半球を巡った。施設周辺は強い放射能で汚染され、木々は枯れ、「赤い森」が今も存在している。ベラルーシを含む半径30㎞圏内は永久居住禁止区域にされて現在に至る。

 事故を起こした4号基は突貫工事によるコンクリートで覆われた。これは石棺と言われたが、隙間が多く、放射能の閉じ込め機能が十分でないなどの理由から、欧米や日本の支援で石棺をさらに覆うシェルターが建設され、2016年11月に完成した。残る3基は運転を続け最後の原発が運転を終了したのは2000年だった。

 ロシア軍は3月末まで占拠を続けて撤退したとのことだ。この間に、送電線の切断・修復が複数回あり、また、武力制圧の際に火災が発生し、1万ヘクタールが焼失したとも伝えられている。電源が断たれたことで、サイト監視システムのデータが送信されなくなったり、シェルターの換気ができなくなったりした。

 周辺の放射線量が一時的に高くなったと伝えられる。その原因ははっきりしないが、戦車による蹂躙、あるいは火災によって放射性物質が再浮遊したことが考えられる。火災によって放射能が再浮遊し汚染が広範囲に広がっただろう。

 さらには、ロシア軍が塹壕を掘ったことにより、強い放射線被ばくを受け、1名が死亡、複数名が重篤な放射線障害に陥っているとの報道もある。「赤い森」や汚染した解体物を埋めた場所に塹壕を掘ったとすれば十分考えられることである。

 チョルノービリからの撤退で心配の種が一つ減ったが、ザポロジェ原発の方は依然として緊張が高い状態がつづいている。

 3月4日未明にロシア軍は同原発を攻撃して占拠、現在も原発を管理下に置いている。ザポロジェには6基の原発があり、電気出力は600万キロワットと欧州では最大規模の原発である。ウクライナ緊急事態庁によれば、攻撃時点では4号基が運転していた。3月末時点で2・4号基が稼働している。

 攻撃を受けたのは1号基、使用済核燃料貯蔵建屋、そして訓練棟だった。1号基は原子炉建屋が損傷、使用済核燃料の乾式貯蔵施設には2発着弾した。また、訓練棟では攻撃により火災が発生した。ウクライナエネルゴアトム社のペトロ・コティ総裁代理によれば、ザポロジェ原発を攻撃したロシア軍兵士たちは原発を砲撃する危険性に対する知識が全くなかった(東京新聞3月20日付)。砲弾が原子炉建屋を貫通したり、着弾で使用済み燃料が破損したりすれば、深刻な放射能拡散につながっていた恐れがあった。

 これまでのところ、ウクライナ当局はIAEAに重要な設備に深刻な影響は生じていないと報告しているが、兵士の無知が事実とすれば、深刻な放射能災害に至らなかったのは偶然というほかない。

 運転員の心理的ストレスは非常に強いと国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長の危惧が伝えられている。些細なトラブルから深刻な事態に進展してしまうリスクが高くなっているからだ。

 このほかにもプーチン大統領はハルキウ(ハリコフ)にある「国立物理技術研究所」を再三にわたって攻撃させている。ウクライナによる核兵器開発の疑いを口実にしてのことだが、事実無根だ。あるいは占拠することでその証拠を捏造する思惑があるのかもしれない。

武力攻撃に対して無力 原発依存の危険性

 制圧下でも原発の運転を継続せざるを得ないのは、ウクライナには15基の原発があり、電力需要の約50%を原発に依存しているからだと考えられる。

 ロシアがザポロジェ原発を制圧・管理下に置いた狙いは、電力というライフラインの掌握だろう。ライフラインを握ることは、いわば兵糧攻めである。それだけではない、破壊することで深刻な放射能影響を与えることができるとの脅しでもある。

 福島原発事故は冷却能力を失うことの危険性を如実に示した。原発テロへも不十分ながらも対応されるようになったが、更田豊志原子力規制委員長が認めているように、武力攻撃は想定していない。これに対して原発は非常に脆弱である。

 ミサイルによる原子炉の破壊、そうでなくても重要な複数の施設の同時破壊で早期にメルトダウンが起きてしまう。それらは福島事故をはるかに上回る放射能放出になる。原発への武力攻撃が現実となった今、原発に依存し続けることの危うさを改めて認識する必要がある。


 

(『東京保険医新聞』2022年4月15日号掲載)