[視点]東京外環道路の工事中止を求めて-大深度地下使用法は廃止を-

公開日 2022年06月11日

東京外環道路の工事中止を求めて-大深度地下使用法は廃止を-

東京外環道訴訟を支える会 池田 あすえ

 

平穏な住宅街の地下に直径16mの巨大マシン侵入

 2020年10月、東京都調布市の閑静な住宅地で起きた陥没・空洞・地盤沈下・家屋損傷は、真下を掘っているトンネル工事が原因でした。その数カ月前から住民達は振動・騒音・低周波音に悩まされ、何百件もの苦情や抗議をしていましたが、事業者はそれでも工事を止めなかったのです。

 今回の工事中断以前から、世田谷区野川への酸欠気泡噴出等、想定外の事態が次々と起こり、工程は大幅に遅れていました。工費も当初見込みの約2倍(2兆3575億円)に膨れ上がり、未だに事故の損害額は計算すらされていないため、既に費用対効果から見て割に合わないものとなっています。

 空洞等の上部30軒が立退きを迫られ、入間川をはさんだ対岸では、突然のヤード建設を名目に「1本釣り」が始まっています。分断とまち壊しが進行し、行政から事業者へ個人情報が漏洩し、住民の平穏な生活は奪われてしまいました。

 なぜ、このような横暴がまかり通ってしまうのか。そこには大深度法=「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」の存在があります。

 大深度法は、住民の生活基盤である土地に対し、強権的に無補償・無承諾で工事ができるようにする法律です。合法的に土地の権利を制限し、有無を言わさず地下で危険な工事を強行し、巨大トンネルを掘って被害を起こしておきながら、お咎めなしです。

 この稀代の欠陥法が2000年に制定、2001年に施行されたのは、公共事業に巣食う「鉄のトライアングル」政官業・ゼネコンの癒着によるものではないでしょうか。

外環道計画の発端から現在まで

 東京外環道は高度経済成長期1966年に計画決定されましたが、東京の7つの区市(練馬・杉並・武蔵野・三鷹・調布・狛江・世田谷)の16・2㎞間は、住民に受け入れられず、1970年から凍結されました。

 この沿線は池や川が点在し、水と緑に恵まれた環境があり、第一種低層住宅地として良好なコミュニティが築かれてきたのです。

 それがとうとう2001年、石原慎太郎都知事(当時)は「お茶の間に土足で上がるようなことはしない」、扇千景国交大臣(当時)は「迷惑はかけない」等と言って、高架であった計画を地下化し、解凍へ向けて動きだしてしまったのです。

 ルートは古いままで、施行されたばかりの大深度地下使用法を適用しました。PI(public involvement)会議や地域課題検討会で「住民参加」を掲げましたが、結果的には住民はアリバイ作りに利用されてしまいました。

 当初の計画から41年経っており、計画そのものの必要性の見直しや、人口減、免許保持者減少、誘発交通、地盤や地下水への影響、空洞や陥没を懸念する声などが出ましたが、2009年5月に事業化されてしまいました。

 2020東京五輪までに開通すると謳っていましたが、大幅に遅延して、その年の10月に陥没事故で止まったのは、皮肉としか言いようがありません。今では開通時期は全く見通せないにもかかわらず、一部工事は続行中です。

分断された住民たちの抵抗

 16・2㎞のうち、43%(7㎞)は大深度地下ではなく浅深度の区分地上権者やジャンクション、インターチェンジ部分となっています。

 住民の立場は、①立退き②浅深度(40m未満・承諾と補償あり)③大深度(40m以深・承諾も補償もない)④周辺住民、と分断されていきました。そうした中でも、住民たちは「外環ネット」として7区市の住民運動がつながりあい、継続して活動を続けました。

 行政不服審査法に基づき、大深度法認可取り消しを求め、1000通を超える異議申立てを提出しました。大学教授なども加わり、多くの意見が出されたのですが、2017年に一斉に却下・棄却の決定が下されてしまいました。

 この運動を通じて痛感したことといえば、世界最大級の難工事を住宅地で許してしまう大深度法は、世界最大級のリスクを住民に強いるものだと言うことです。住民の命を脅かし生活基盤を収奪する希代の悪法であり、憲法違反であると確信しました。

 住民の中から13人が原告となって立ち上がり、東京地裁に提訴し、「東京外環道訴訟」が始まりました。

東京外環道訴訟の経過

 国を相手に大深度法の違憲訴訟が始まりましたが、せせら笑うようにシールドマシンは動き出しました。直径16mの巨大マシンが世田谷区野川の地下に差し掛かった途端、川底からブクブクと気体を噴出し始めました。その酸素濃度は1・5~6・4%という酸欠気泡です。住民に危険がせまり、抗議するもマシンは止まらず、空気を使わない溶剤だけを添加材にして気泡の漏出だけは押さえたものの、世田谷区・狛江市の北多摩層をうなりをあげて掘り進めました。調布の東久留米層へ突入し再び空気の添加剤を使い、それを止めるべく仮処分申請をしましたが、ついに陥没・空洞を引き起こしてマシンは止まりました。

 そこから差し止めの決定が下されるまで1年5カ月かかりました。2022年2月28日、裁判所から16・2㎞中9・2㎞に中止命令が出ました。

 陥没事故現場から約30mの場所に住んでいる原告に「陥没などを生じさせる具体的な恐れがあると認められる…公共性などを考慮しても、差止に相当する違法性がある」と決定文にあり、公共性や裁量権を認めがちな行政訴訟としては異例の中止命令でしたが、原告らは「危険な工事は原告全員(すなわち16・2㎞全線)に及ぶ」として高裁へ抗告しました。

低周波音公害・PTSD

 最近新たに始めた運動もあります。外環振動・低周波音調査会です。シールドマシンが住宅地の地下へ侵入してきて、振動と騒音以外にも、低周波音という予期せぬ公害に襲われたからです。特に女性が、耳鳴り・頭痛・めまい・睡眠障害・持病の悪化等、身体的・精神的に変調をきたしていることがわかりました。

 これらの健康被害が地下工事と呼応していることを究明するため、NPO法人市民科学研究室と共に、高木仁三郎基金をうけて被害の実態調査を始めました。

 他にも、大きな不安や恐怖が心の傷となり、PTSDとして残る可能性があります。

危険なトンネル掘進は止めよ

 2月28日に中止命令が出されたものの、9・2kmの中止範囲に含まれなかった練馬からマシンは動き出しました。

 再発防止策のもとに練馬で再稼働したシールドマシンでしたが、事業用地内の地下に設置した地中壁にぶつかり、カッターが破損し停止しました。修理は地上から地下に大穴を開けてしか行えないため、半年以上かかるということです。CAD(コンピューター上での作図)のミスと国交省のチェックミスという理由には開いた口がふさがりません。

 事業費は膨れ上がり、見通しのないまま泥沼化する工事。今や、工事のための工事と化しています。「現場あわせ」で「掘ってみなければわからない」という場当たり的なゼネコンマインドで住宅地下を掘られてはたまりません。事故は繰り返されてしまうのです。

 国土交通省の将来自動車交通量予測によれば、人口減少とともに、2030年頃から自動車交通量も減少局面に入ると言われています。しかし、交通センサスで見るとおり、交通量は既に減少局面に入ったようにも見えます。

 外環の歴史も半世紀以上に及びますが、今や「人新世」(地質学的に見て人間の活動の痕跡が地球の表面を覆い尽くした年代)に入り、環境と人権を大切にする社会こそが求められています。

 人の道を外れた東京外環道路建設は中止し、人の家の下にガリガリと大きなトンネルを掘り地盤・環境を破壊し、人生を奪う非人道的な大深度法は廃止するしかありません。


 

(『東京保険医新聞』2022年6月5日号掲載)