[視点]10兆円大学ファンドの問題点

公開日 2022年07月22日

10兆円大学ファンドの問題点

                     

静岡大学 人文社会科学部 教授  鳥畑 与一

 

 ◆「国際卓越大学」ファンド 24年から運用開始

 10兆円規模の大学ファンドの運用益(上限3000億円)を、わずか数大学に配分することで「世界に伍する研究大学」を目指す「国際卓越研究大学支援法」が5月に国会で成立しました。今後選ばれた数大学への配分が2024年度から始まる予定です。

 この背景には、日本の大学の深刻な研究力後退があります。政府が科学技術立国を目指して力を入れて来た領域での優れた研究業績の数値低下(いわゆる引用数で見たトップ10ランキングなど)や世界大学ランキングでの後退などが顕著となって来ました。

 この原因としては、国立大学法人化(2004年)以降の運営費交付金の実質削減による人件費削減と競争的研究費増大による「選択と集中」の弊害があります。自由で安定的に使える研究資金が減少する中で外部資金を獲得するための書類づくり等に忙殺され、人手不足による業務負担増加で研究時間がどんどん減少しては研究成果が減るのは当然というのが現場の悲鳴です。

 この危機を克服するためには、大学の基盤的経費を支える運営費交付金の拡充こそが必要だと同法の国会審議でも与野党を問わず広く指摘されました。しかし政府は、財政危機が厳しい中で「世界に伍する研究大学」を実現するためには、財政投融資資金の借入を原資とした大学ファンドの運用益を数大学に集中するしかないとしているのです。

 支援を受ける国際卓越研究大学に選ばれるには、①国際的に卓越した研究成果の創出、②年3%の事業規模の成長、③大学独自のファンドの拡充、④以上を実現する大学ガバナンスの構築(合議体の設置)の条件を満たすことが必要であり、その選定については、首相が長を務める内閣府総合学術イノベーション会議(CSTI)の意見を聴いた上で文科大臣が決定することととされています。

 運営費交付金は、東大880億円、京大566億円、それ以外の旧帝大ですら300~400億円台です。500億円前後と言われる大学ファンドの支援額は資金不足に悩む大学にとって魅力的で、応募に向けての動きも報じられています。

◆大学ファンド制度の問題点を考える

 では本当に大学ファンドによる巨額資金の支援は日本の研究の危機を打開する決定打になるのでしょうか。以下、日本の大学ファンド制度の問題点を5つ指摘したいと思います。

 問題点の第1は、日本の大学ファンドはハーバード大学等の寄付ファンドをモデルとしながら、その「換骨奪胎」によって「似て非なる」ものになっていることです。

 例えばオックスフォード大が寄付ファンドの目的を「アカデミック・フリーダム」を守ることとするように、海外大学ファンドは「稼げない研究教育」を支えるために活用されています。「アメリカの大学における基金の活用」(2007年11月)によればファンドの運用益は「⑴教員の授業負担の軽減、⑵非常勤/パートタイム教員の削減、⑶教員給与の引上げ、⑷教員の研究に対する援助の充実、⑸より多くより良い施設、⑹学生援助の強化」に使用されていますが、日本では特許収入やベンチャー企業創設等による大学事業収入の増大を促進することが目的となります。日本では「儲かる研究」を促進する手段となっており、「公共財」としての大学を守るための海外の大学ファンドとは真逆の役割を果たすものになっています。

 問題点の第2は、研究力強化にばかり焦点が当てられ教育力強化の視点が欠落していることです。

 ハーバード大の500億ドル超の大学ファンドが1万数千の人文社会科学系や基礎研究、そして学生支援向けの意志を持った寄付のプールであるように、海外大学ファンドは「事業性のない」分野、とりわけ学生支援への寄付が多くを占めています。経済的理由で学びが断念されないよう奨学金等の学生支援が重視され、こうした環境で巣立った卒業生が成功した暁に寄付するという資金循環が築き上げられています。

 問題点の第3は、寄付金を原資とした海外大学ファンドに対して、日本では財政投融資からの40年償還の借金で賄われており、20年後には元本返済が始まることです。このため被支援大学は自前のファンド構築などで大学ファンドからの「卒業」が迫られる仕組みとなっています。

 しかし数百億の支援で始めた「事業」を3%成長させつつ、自前の収入増加やファンド設置で代替することは極めて困難です。事業収入は病院収入を除くとされますが、運営費交付金や科研費などの公的資金の増額が期待されない中で、民間からの研究費獲得や特許収入そして寄付などを飛躍的に増大させなければ数百億円規模の事業を代替することは不可能です。「稼げる研究」への傾斜や学費値上げによる「事業成長」追求が避けられない仕組みなのです。

 問題点の第4は、この「事業成長3%」達成のために、学長選出や経営方針の決定権限を持つ「合議体」設置が応募大学に求められていることです。

 そもそも国際卓越研究大学の選定には内閣府CSTIの意見を聴くこととされ、学問の自由を守る大学自治への政治的介入が制度化されています。CSTI委員に防衛大臣を入れろという自民党提言(2022年4月)もある中で、軍事研究協力に大学を駆り立てる危険性もあります。

 付帯決議では研究の特質に配慮し、大学自治を尊重することが盛られていますが、「経営と教学」の分離がいっそう進められ、大学は全ての決定権を持つ合議体による経営方針を実行するだけの存在になってしまいます。

 最後の問題点は、大学ファンドの運用目標が物価上昇率込みで4・38%という高水準であり、財政投融資という公的資金を使ったハイリスクハイリターンの資産運用という異常な制度設計になっている点です。

 GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の過去20年間の運用実績は約3・8%ですが、それはこの間続いた世界的な金融緩和(低金利)の下で実現したものであり、いま大きく金融引き締め(高金利)に世界の金融市場が大きく転換していく中では、海外の大学ファンドのような「これまでは儲かって来た」という想定は成り立たなくなります。損失が発生すれば、大学支援どころか国民負担を生み出すことになります。

◆運営費交付金の拡充を

 国民に負託された国立大学の使命は、教育研究に従事する教職員がその能力を遺憾なく発揮できる環境、そして教育の機会均等や学問の自由と大学自治の保障によって十分果たせます。

 大学ファンドの資金を日本の教育と研究の改善に真に役立てるためには、運用益は広く国立大学全体の教育研究に活用されるべきこと、そして何よりも運営費交付金の増額による基盤的経費の充実が不可欠であることを最後に強調したいと思います。
 

(『東京保険医新聞』2022年7月5日号掲載)