[視点]種子法廃止、種苗法改定が日本の食にもたらす影響

公開日 2022年09月16日

種子法廃止、種苗法改定が日本の食にもたらす影響

                     

東京大学大学院 教授  鈴木 宣弘

 

 種をめぐる一連の制度改変が我々の食にもたらす影響が、コロナ禍とウクライナ紛争で、さらにクローズアップされている。

コロナ禍とウクライナ紛争で露呈した種の脆弱性

 野菜の自給率は80%といわれるが、野菜の種採りの90%は海外圃場で行われているため、コロナ禍での物流停止で種の確保に懸念が広がった。本当に止まってしまったら、自給率は8%しかないことになり、種の海外依存の危うさが露呈した。

 さらに、ウクライナ紛争で、ハルキウにある世界最大規模で現代では復元できない数百年前のタネも含む16万種以上のタネを保管していた「シードバンク」(種子銀行)が露軍の爆撃によって破壊され、世界中から批判が噴出した。「人類は何千年もかけて品種改良を繰り返し、良いタネを残してきました。多種多様なタネを保存することによって、作物の単一化による不作や飢饉を防いできたのです。状況に応じて使えるタネを保存しておくことは、人類の繁栄に欠かせません。保管してあるタネの全てが失われていないとしても、長い歴史をかけて集積した『人類の共通財産』が壊されたと言っても過言ではありません。人類にとって大きな損失です」と筆者は日刊ゲンダイでコメントした。

 「種を制する者は世界を制する」として世界の種を自身のものにしようとしているグローバル種子農薬企業も動き出したのだろうか。種の需給もひっ迫し、価格が高騰している。在来種の種を販売している「野口のタネ」にも注文が殺到し、一時販売停止になる事態も生じた。

コメの自給率は11%になる可能性も

 公共種子・農民種子をグローバル企業開発の特許種子に置き換えようとする世界的な種子ビジネスの攻勢がある(京都大学久野秀二教授)との指摘通りの流れで、種子法を廃止して公共種子を民間に企業に委ねることにしてしまったのが我が国である。

 2010年以降、南米の多くの国で、伝統的に行われてきた種子の保存や交換を実質的に不可能にし、企業から買うように強いる通称「モンサント法」が提案されたことに対し、農民や市民が反対運動に立ち上がった。2018年、インドの最高裁では、モンサントの遺伝子組み換え綿の種子の特許を認めない判決が下された。

 このような世界での苦戦の中、もっとも従順に米国の要求に従う日本が最大の標的(ラスト・リゾート)にされたのか。①種子法廃止(公共の種はやめてもらう)、②種の民間譲渡(開発した種は企業がもらう)、③種の無断自家採種の禁止(企業の種を買わないと生産できないようにする)という一連の制度改変が行われた。

 この流れが進めば、次第に、野菜の種採りの90%が海外の圃場であるのと同様な事態がコメについても進む可能性がある。このことを考慮した場合、現在、唯一、高自給率を維持しているコメさえも、2035年時点での実質自給率が11%になるとの試算を我々は行った。

「種は命の源」➡「種は企業の儲けの源」

 種苗法の改定で、次の流れが完成した。国・県によるコメなどの種子の提供事業をやめさせ(種子法廃止)、その公共種子(今後の開発成果も含む)の知見を海外も含む民間企業に譲渡せよと命じ(農業競争力強化支援法8条4項)、次に、農家の自家採種を制限し、企業が譲渡で得た種を毎年購入せざるを得ない(自家採種は許諾してもらえない)流れ(種苗法改定)。

 これには、ぶどうの新品種シャインマスカットのように海外に持ち出され、多額の国費を投入して開発した品種が海外で勝手に使われ、それによって日本の農家の海外の販売市場が狭められ、場合によっては逆輸入で国内市場も奪われかねない、という背景がある。

 しかし、種苗の自家増殖を制限する種苗法改定の目的は種苗の海外流出の防止という説明は破綻した。農家の自家増殖が海外流出につながった事例は確認されておらず、「海外流出の防止のために自家増殖制限が必要」とは言えない。

 つまり、種苗の海外流出の原因は農家の自家増殖ではない。自家増殖制限しても、ポケットに入れていけば持ち出せる。決め手は現地での品種登録で取り締まることだが、シャインマスカットはそれを忘れた。種苗法改定とは別の問題である。

 むしろ、「種子法廃止→農業競争力強化支援法8条4項→種苗法改定」で、コメ麦大豆の公共の種事業をやめさせ、その知見を海外も含む民間企業へ譲渡せよと要請し、次に自家増殖を制限したら、企業に渡った種を買わざるを得ない状況がつくられることになる。つまり、自家増殖制限は種の海外依存を促進しかねない。現に、農業競争力強化支援法8条4項に基づく公共種苗の知見の民間譲渡が進んでいる。

 だから、種苗法改定の最大の目的は別にある。知財権の強化による企業利益の増大=種を高く買わせることである。TPP(環太平洋連携協定)では製薬会社から莫大な献金をもらった米国共和党議員が新薬のデータ保護期間を延長して薬価を高く維持しようとした。基本構造はこれと同じである。

 また、農家の権利を制限して企業利益の増大につなげようとするのは、人の山を勝手に切ってバイオマス発電した儲けは企業のものにし、漁民から漁業権を取り上げて企業が洋上風力発電で儲ける道具にするという農林漁業の一連の法律改定とも同根である。

 登録品種は1割程度しかないから影響ないというデータの根拠は次々と崩壊した。かつ、在来種に新しい形質(ゲノム編集も)を加えて登録品種にしようとする誘因が高まるから、それが広がれば、在来種が駆逐されていき、多様性も安全性も失われ、種の価格も上がり、災害にも脆弱になる。

種の公共性~知財権は馴染まない

 「知財権は強化するのが当然ではないか。農家が自家採種できるのがおかしい」という声もある。しかし、「種は誰のものなのか」ということをもう一度考え直す必要がある。種は何千年もみんなで守り育ててきたものである。それが根付いた各地域の伝統的な種は、地域農家と地域全体にとって地域の食文化とも結びついた一種の共有資源であり、個々の所有権という考え方は馴染まない。育成者権はそもそも農家の皆さん全体にあるといってもよい。

 種を改良しつつ守ってきた長年の営みには莫大なコストもかかっているといえる。そうやって皆で引き継いできた種を「今だけ、自分だけ、金だけ」の企業が勝手に素材にして改良し登録して儲けるのは、「ただ乗り」して利益を独り占めする行為だ。だから、農家が種苗を自家増殖するのは、種苗の共有資源的側面を考慮すると、守られるべき権利という側面がある。

 諸外国においても、米国では特許法で特許が取られている品種を除き、種苗法では自家増殖は禁止されていない。「知的所有権と公的利益のバランス」を掲げるオーストラリアは、原則は自家増殖可能で、育成者が契約で自家増殖を制限できる。

 「育種家の利益増大=農家負担の増大」は必然である。もちろん、育種しても利益にならないならやる人がいなくなる。しかし、農家の負担増大は避けたい。そこで、公共の出番である。育種の努力が阻害されないように、よい育種が進めば、それを公共的に支援して、育種家の利益も確保し、使う農家も自家採種が続けられるよう、育種の努力と使う農家の双方を公共政策が支えるべきではなかろうか。

種を守る地域でのうねり

 巨大な力に種を握られるのは命を握られるのに等しい。

 地域で育んできた在来の種を守り、育て、その生産物を活用し、地域の安全・安心な食と食文化の維持と食料の安全保障につなげるために、シードバンク、参加型認証システム、直売所、産直、学校給食(公共調達)、レストランなどの種の保存・利用活動を支え、育種家・種採り農家・栽培農家・関連産業・消費者が共に繁栄できる地域の循環経済の仕組みづくりが必要である。

 国の制度が改変されても、①公共育種事業の継続、②公共種苗の知見を民間移行しない、③農家の自家増殖を従来通り認める、という内容を、各県や市町村で、種子条例・種苗条例の制定という形で実現しようとする運動が全国各地に広がっているが、これに併せて、①安全な在来種苗の保護・育成、②有機栽培などの技術支援、③できた食料の活用拡大(学校給食の公共調達など)などを加えたローカルフード条例も全国各地で制定できないだろうか。

 それとセットで、川田龍平議員らが超党派で次期臨時国会に提出予定のローカルフード法が成立すれば、これを根拠法にして、自治体予算の不足分を国が補完する仕組みもできる。

 こうした流れで種を守る運動を全国の地域から広げていくことが不可欠と考えている。


 

(『東京保険医新聞』2022年8月25日号掲載)