[寄稿]オンライン資格確認 「義務化」に如何に対応すべきか

公開日 2022年10月04日

オンライン資格確認「義務化」に如何に対応すべきか


政策調査部長 吉田 章

 

 2022年8月10日、中医協総会で医療機関の根幹を揺るがしかねない答申が行われた。

 オンライン資格確認システム導入を2023年4月から義務化し、その規定を盛り込むために療養担当規則を改定するという。

 療養担当規則は、保険医として診療する医療機関は必ず守らなければならない規則である。

 現行では紙レセの医療機関は例外とされているが、このシステムを導入していない医療機関は2023年4月から保険診療から除外されかねない重大な答申である。

問題山積みのオンライン資格確認

 2021年10月から本格稼働したオンライン資格確認システムだが、2022年8月14日の時点で医科診療所の18・1%でしか運用されていない。

 このシステム導入の目的について、保険証資格確認を徹底しレセプト返戻を減らす、限度額適用認定証の発行が不要になる、資格情報入力が楽になるなどと説明されてきたが、その目的に比べ、必要になる設備や運用法等首を傾げる部分が多い。

 保険証資格確認のためだけであれば、マイナンバーカードは必ずしも必要ではないし、まして顔認証も不要であろう。導入に当たって支給される補助金が、顔認証設備抜きでは対象にならない理由も不明である。さらに、オンライン資格確認システムの端末を院内レセコン、電子カルテシステムと連結しなくても資格確認はできるはずなのに、連結して運用するよう強い勧奨がなされている理由も不明であった。

 一方、導入する側の医療機関にとっては、導入に当たって費用面以外に人的にも多大な負荷がかかること、受付時の混乱が予想されること、マイナンバーと患者の医療情報が結びつくこと、インターネットにつながることで院内システムが危険に晒されること等、数多くの問題が解決されていない。そのため、オンライン資格確認システム導入を逡巡しているところも多く、政府の思惑通りには普及が進んではいないのが現状である。

 未解決の問題が山積みの段階で、療養担当規則に義務化を明記して導入を強制するというのはいささか乱暴ではないだろうか。

「義務化」は経済的な理由から

 政府はなぜシステム普及をこれほどまでに急ぐのだろうか。

 前述の中医協の答申は、2022年6月に出された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2022」を受けたものである。

 政府は第4章の中の「社会保障分野における経済・財政一体改革の強化・推進」の項のなかで、2023年4月からのオンライン資格確認の義務付け、保険者による保険証発行の選択制導入、さらには保険証の原則廃止のほか「全国医療情報プラットフォームの創設」と「電子カルテ情報の標準化等」を謳っている。

 そして注釈には、全国医療情報プラットフォームとは「オンライン資格確認等システムネットワークを拡充し、レセプト・特定健診等情報に加え、予防接種、電子処方箋情報、自治体検診情報、電子カルテ等の医療(介護を含む)全般にわたる情報について共有・交換できる全国的なプラットフォームをいう」と記載している。

 すなわち、経済財政一体改革の一環として、オンライン資格確認システムを使い、我々医療機関の電子カルテから情報を収集し、巨大な情報プラットフォームを作るのが政府の狙いなのである。資格確認には本来不用な、資格確認システムを電子カルテ等システムとつなぐ運用はこのために必要だったのである。

 ではこのプラットフォームはどのように使われるのだろうか。経団連の「新成長戦略(2020・11・17)」を読むと、医療機関以外の利用も前提とされていることがわかる。「1.DXを通じた新たな成長」の、新たな成長を実現する共通基盤の項には、次のような記載がある。「死活的に重要なのがデータの活用である。後述する個人の体験価値(健康状態や学習履歴等)のデータ化とともに、さまざまな分野のデータフォーマットの統一や相互運用性の確保を行う。個人のデータであれば、個人を軸につなぎ、個人がいつでもアクセスし活用できる基盤の構築を進める。同時に、データ基盤の上で、個人、企業、社会がAIを徹底的に活用するための準備、AI―Ready化を進めていく」

 続けて、個人起点のヘルスケアの推進の項では、こう書かれている。「個人が、リアルタイムに近い形で自身のライフコースデータ(胎児期から亡くなるまでの生涯にわたり発生するデータ)にアクセスし、医療従事者と共有しながら医療を受けたり、自身で健康管理をしたり、個人に合わせた予防行動や未病段階からの対応を可能にする。そのために、まず政府が、プライバシー保護やセキュリティに留意しながら、マイナンバー制度を活用し、企業を含めた各主体が持つライフコースデータをつなげる仕組みを整備する必要がある。併せて、レセプトに検査値等の幅広い医療データをリアルタイムにのせる仕組みを構築しつつ、マイナポータルのAPIを通じて、企業のPHRへ早急に連携すべきである」

 要約すると、個人の健康に関する情報を我々の電子カルテから集めた情報を含めて、マイナンバーに集約し、プラットフォーム化して、API(Application programming interface)という仕組みを使い、そのプラットフォームから個人のデータPHR(Personal Health Record)を引き出し、企業が各種のサービスを提供することが経済の成長に必要であり死活問題だといっているのである。

 骨太の方針を待っていたかのように、発表直後の6月16日にPHRサービス事業協会(仮称)設立宣言が出されている。参加企業はIT、製薬、損保など多岐にわたっている。

 以上から考えると、オンライン資格確認システムは医療上の必要性からというよりも、経済財政的な必要性から推進されているといってよいであろう。そのために、我々医療機関の危惧、事情などを考慮せず2023年4月から義務化などという暴挙を強行しようとしているのである。

情報保護の観点から見た危険性

 昨今の日本経済は停滞が著しい。この停滞、落ち込みを打開するためDX(デジタルトランスフォーメーション)に頼ろうとしていることはわかるが、このような形で個人の医療情報が使われることは許されるのだろうか。

 我々の電子カルテの中には患者の最も重要なプライバシーが詰まっている。漏れたら患者の一生を左右しかねない内容も含まれている。だからこそ、ヒポクラテスの誓いの時代から、医師には守秘義務が倫理的かつ法律的にも課せられている。その信頼関係の上で、患者は安心して医師に対して病状その他を伝えられるのである。「胎児期から亡くなるまでの生涯にわたる(医療機関で発生する)データ」がどこかに蓄積され、自分以外の主体(企業ほか)に利用されかねないことを想定して受診する患者などいるだろうか。

 また、オンライン資格確認システムを導入済み、または検討中の医療機関も、将来電子カルテから医療情報を収集されると説明を受けていないはずである。

 一方、資格確認システムで、すべての医療機関の電子カルテをつなぐことには別の危険性も伴う。このネットワークはインターネットを通じて構築されるものである。セキュリティ対策は各々しっかり施すとされているが、一箇所からでもウイルスが入れば、ネットワーク全体に広がりすべての医療機関が被害を受けかねない。そうすれば日本全体の医療がストップする事態にもなりかねない。

 近年こうしたサイバー被害に遭った企業は数多く、医療機関も例外ではない。サイバー被害に遭わないよう対策を進めているが、対策部門がしっかりした名だたる企業においても十分ではないのが現状である。まして多くはその方面の専門家がいるわけでもない医療機関で十分な対策がとれるとは到底思えない。

 このような現状で、全国の医療機関をネットワークでつなぐこと自体、暴挙、愚挙といわざるを得ない。

 さらにもうひとつの問題がある。

 現在我が国ではマイナンバー取得は任意である。しかし、保険証が廃止され、医療機関を受診する際、マイナンバーカードが必須となればマイナンバーカードを持たざるをえず、マイナンバーカード取得の事実上強制になる。

 マイナンバーカードを持ちたくない国民も多い。これらの方々のカード取得強制に我々医療機関が結果的に加担してしまうことにもなりかねない。

「導入しない」のが最良の策

 以上、オンライン資格確認システムの主要な問題点を挙げてきた。

 これらの問題点が解決しない限り導入は時期早尚であり、まして来年4月からの義務化はありえない。義務化を療養担当規則に載せること自体からして暴挙であり、意に反して従うことは無いと考える。

 しかし、療養担当規則に載ることが決まった現在、導入しなければ当局の出方によっては保険診療を続けられなくなる事態も考えられる。
 現在我々が取れる最良の策は何であろうか。

 中医協答申には次の付帯意見が付いている。「1 関係者それぞれが令和5年4月からのオンライン資格確認の導入の原則義務化に向けて取組を加速させること。その上で、令和4年末頃の導入の状況について点検を行い、地域医療に支障を生じる等、やむを得ない場合の必要な対応について、その期限も含め、検討を行うこと」

 導入していない医療機関の割合が多ければ多いほど、保険診療が制限された場合、地域医療に支障が出かねないので期限も含め検討すると明記されている。すなわち、2022年末頃の導入状況によっては実施の見送りもありうるということである。

 オンライン資格確認は解決すべき多くの問題を抱えている。このままでは全国民のいのちと健康に重大な影響を及ぼしかねず、十分な時間をかけた幅広い検討が必要である。拙速な導入は我が国100年の計を誤りかねない。

 問題点が解決するまでは、オンライン資格確認システムは導入をせず、いままでの保険証での確認を続けることが最良の策と考えられる。

(『東京保険医新聞』2022年9月5号掲載)