[視点]東京五輪・パラリンピック -組織委の闇-

公開日 2022年10月07日

東京五輪・パラリンピック-組織委の闇―

                      

本間 龍(ノンフィクション作家)

 

 遂に五輪利権に捜査のメス一大疑獄事件に発展か

 8月16日の高橋治之元東京五輪組織委理事やスポンサーだったAOKI元会長らの逮捕以降、五輪関係者はもとよりJOC(日本オリンピック委員会)および、彼の古巣であった電通にも激震が走っている。長年囁かれていた「黒い五輪マネー」の実態解明に、ついに司直のメスが入ったからだ。
 そして9月6日現在、捜査はさらに拡大している。AOKIの他にKADOKAWAからもスポンサー就任に便宜を図ったとして約7000万円、さらに大広(大阪の広告会社)からも2600万円が知人の広告会社に入金され、その一部が高橋氏に渡ったとされる。一連の容疑で、KADOKAWAの元専務や広告会社社長も逮捕された。また、AOKIの関連で森喜朗元首相にも200万円が流れたとも報道された。事件には現役政治家の関与も噂されていて、底知れない広がりを持つ「五輪疑獄」の様相を呈している。

招致段階から疑惑の中心にいた高橋氏

 元々、東京大会はその招致の段階から疑惑にまみれていた。高橋氏は元電通専務で、「スポーツビジネス界のフィクサー」と呼ばれてきた。つまり、彼の名前は今回の逮捕以前に、五輪招致をめぐる疑惑で取り沙汰されていたのだ。ロイター通信(20年3月30日)の報道では、当時電通顧問だった高橋氏が、大会招致委員会から8億9000万円もの招致活動費を受け取り、ロビー活動をしていた事実が明らかになっている。

 ロイターの取材に対して、高橋氏は旧知のIOC委員であるラミン・ディアク氏(セネガル出身)に対してロビー活動を行っていたこと、8億9000万円の一部は自身に対する「手数料」だったことなどを認めている。だが、全額がどう使われたのかは、いまだに明らかにされていないのだ。

 そもそも招致委は、招致活動の中でディアク氏が関連する口座に2億3000万円を送金しており、フランス検察は「アフリカ票を取りまとめるための賄賂だったのではないか」と疑って捜査を進めていた。高橋氏や電通は、この件にも深く関わっていたと見られている。

 特捜部の捜査が高橋氏とAOKIやKADOKAWA等の贈収賄疑惑に留まるのか、それとも招致をめぐる汚職疑惑にまで踏み込むのか。それが今後の焦点である。

東京大会で初の逮捕者

 五輪をめぐっては、他国での大会でも様々な利権やカネの問題が取り沙汰され、逮捕者も出ていた。しかし、日本国内ではこれまでそうした例はなく、今回の東京大会招致における賄賂疑惑も仏検察が熱心に捜査していたものの、日本の検察は表立って動いていなかった。それは恐らく、安倍晋三元首相の存在が大きかったからだ。

 五輪(スポーツ)利権の元締めは、森元首相とその一派と目されている。しかし、安倍元首相は東京五輪が招致決定した際(13年)の首相であると同時に、退陣後も大きな影響力を持っていた。そのため、本人が意図していたかどうかは別として、安倍元首相は「五輪利権の庇護者」として疑惑の追及を阻む「重し」となっていたと考えられる。

 その安倍元首相がいなくなり、現在の岸田文雄首相は五輪利権に絡んでいないため、検察は一気に動きだしたのだろう。その結果、五輪マネーの闇が一気に表面化しているのだ。

汚職を生む五輪の構造的問題

 東京五輪は3兆円近い巨額の税金を無駄にし、その裏では賄賂が飛び交う汚辱の大会であったことがはっきりしてきた。だが、これは最初から予想されていたことである。なぜなら、現在の五輪は本質的に、招致から実施に至るまで、全て利権で成立しているからだ。

 メディアは五輪の不祥事が発覚する度に「華やかな競技の裏で……」などと報道するが、それは逆である。五輪利権に群がる有象無象のマネーゲームこそが実はグロテスクな「表舞台」であって、五輪競技はその裏で催されている「大規模運動会」にすぎない。

 五輪は、1984年のロサンゼルス大会で商業化に舵を切った。それまではアマチュア主義だったため開催都市の負担が重くなり、大会の存続が危ぶまれた末の一大転換だった。ロス大会はスポンサー制度や放映権ビジネスで黒字となったが、その後は巨額の収入をあてにして肥大化の一途を辿り、腐敗していった。

 今回の一連の事件でも明らかなように、五輪はその招致活動からスポンサー集め、開催準備のあらゆる段階で莫大なカネが動く中で、必然的に贈収賄などの犯罪を生み出す構造になっている。海外では2002年のソルトレークシティー五輪でIOC委員の買収が発覚し、2016年のリオデジャネイロ五輪でも組織委の会長が贈収賄容疑で逮捕されている。

 東京五輪をめぐる汚職疑惑も、高橋氏や森元首相らの個人的問題だけではなく、利権が発生する五輪そのものの構造的な問題なのだ。彼らはそれに便乗しているにすぎない。

日本は五輪と縁を切れ

 以上のように五輪は、利権にありついた一部の人間だけが儲かり、開催する都市や国全体は大損するという、腐敗した商業イベントである。だからこそ、五輪開催に手を挙げる都市がなくなってきているのが現状だ。

 現在、32年のブリスベン五輪まで開催が決まっているが、その後はどうなるか分からない。すでに世界陸上や世界水泳など、他にも代替できる大会はいくつもあるのだから、肥大しきった五輪は、もう廃止すべきなのだ。

 JOCの山下会長は今回の事件に対し「今後は事業の透明化を図り、問題が起きないようにしたい」などと言っているが、それは不可能だ。なぜなら、実際に五輪の現場を動かしてきたのは、組織委に数百人の社員を派遣していた電通であり、JOCや理事などは決定権のない、ただのお飾りに過ぎなかったからだ。その仕組みを根本から変えない限り、透明化などできるはずがない。そして本来、捜査を受けるべき組織委は6月30日ですでに解散しており、責任を取る者がいないのだ。

 私は五輪問題で様々なメディアから取材を受けるが、「最後に、今後は五輪をどうするべきだと思うか」というような質問をよく受ける。しかし、そんなことはIOCが勝手に考えればいい。日本がやるべきことは、これ以上、この腐敗した五輪という腐ったイベントに関わらないことである。今回の特捜部の捜査を機に、東京五輪の闇を徹底追及すると同時に、札幌五輪招致からも早急に手を引くべきなのだ。


 

(『東京保険医新聞』2022年9月15日号掲載)