[寄稿]奉仕と説明の落差 安倍氏を追悼する

公開日 2022年10月08日


須田クリニック 須田 昭夫

 英国のエリザベス女王が9月8日に薨去された。女王在位70年、96歳という御高齢であったが、紡いできた歴史には感慨もひとしおの感がある。2日前には新首相トラス氏を首相に任命する儀式を、無事に執り行っていたということにも、畏敬の念を抱かざるを得ない。世界各国からは追悼の言葉が寄せられた。女王はhead of state(国王)であるため、英国は異論なく直ちに服喪期間に入り、19日には厳かな国葬が行われた。

 女王が「開かれた王室」を目指していたことはよく知られており、女王は国民統合の象徴として「生涯をかけて国民に奉仕する」決意を語り、広く国民の敬愛を集めてきた。「奉仕する」と語っていたことは、民主主義国家では国民が主人(公)であることを認識し、国民の意向に寄り添っていたことを示している。

 翻って日本では合計8年間首相を務めた安倍晋三氏が、痛ましくも凶弾に倒れた。教団の犠牲になったとも言われるが、詳細を明かさない方針がとられている。安倍氏の功績は何と言っても日本に新自由主義を定着させたことだろう。資本家の利益を最優先する政策が成功し、2012年から2020年の間に資本金10億円以上の大企業の内部留保は、130兆円も増え466兆円になった。その一方で労働者の賃金は15年間の長きにわたって増加せず、企業の内部留保増加に貢献した。最低賃金が世界中で1500円になる中で、日本は1000円を下回っている。消費税は10%まで引き上げられたが、消費税収はほぼ同額の企業減税に消えて、福祉の削減が続いている。

 安倍氏が選挙期間中に秋葉原駅前で自らに批判的な聴衆を指して「こんな人たちに負けるわけにはいかないのです」と叫んだことは、国民を(資本家の)敵と味方に二分する信念を物語っていた。森友学園、加計学園、桜を見る会などでは、国費を私物化して利益供与した疑いがあるが、一方では社会保障の圧縮・削減が強力に進められ、法人税減税が行われてきた。

 安倍氏はhead of ministry(内閣の長)であるので、内閣葬はあり得る。日本には国葬の規定がなく、国民を分断する政治を行ったこともあって、国会決議を必要とする国葬には異論があるだろう。岸田文雄首相は閣議決定だけで行う国葬について「よく説明する」と言うが、それは国会を無視して自分の判断を国民に押し付けることであって、国民の意見を汲んで「奉仕する」態度とは真逆である。合掌。
 

(『東京保険医新聞』2022年9月25号掲載)