[視点]医薬品供給不足問題について考える

公開日 2022年10月28日

医薬品供給不足問題について考える

                      

一般社団法人 大阪ファルマプラン理事長/薬剤師 廣田 憲威

 

 日医工と小林化工の薬機法違反に端を発する医薬品の不安定供給は、世界的な新型コロナウイルス感染症のパンデミックも追い打ちをかけ、事件が発覚した2020年4月から丸2年が経過しても今なお混乱が続いています。筆者は大阪市内と吹田市で12カ所の保険薬局と福祉用具貸与事業所1カ所を運営する非営利型の薬局法人に勤務していますが、薬局の現場では入手困難な医薬品が後を絶たず、日々患者に多大なるご迷惑をかけているところです。本稿では、医薬品の不安定流通が起こった根本的な原因について考察し、今後の改善策についても考えてみたいと思います。

改正薬事法によるメーカーへの過度な負荷の可能性

 国民・患者はもとより多くの医療関係者におかれては、医薬品の製造販売は、その許可を受けた製薬企業が、製造から販売まで一貫的かつ全面的に行っていると信じておられると思います。しかし、それは2005年に薬事法(現在の薬機法)が改正される前の話であり、2005年の法改正によって、医薬品の製造と販売を分離することが認められました(図)。すなわち、製薬企業が厚労省に医薬品の製造販売の許可の申請をする際に、「医薬品の製造は○○製薬の○○工場に委託する」ことが申請でき、許可されるということです。製販分離は何を意味するのでしょうか。大手製薬企業にとっては、医薬品の製造を他社に委託することによって製造コストを確実に抑えることができます。一方で、医薬品の製造を受託する企業にとっては売上が伸びることとなり、法改正により両者はWin ―Winの関係になったのです。医薬品の製造を受託する会社の多くは、後発医薬品を主として製造しているところで、近年の後発医薬品の使用促進に伴い、自社の後発医薬品の製造も増やさなければいけないことから、厚労省から承認を受けている製造過程を無届で変更したり、規格外になった製品を無理やり流通させるという不祥事に繋がったのではないかと、筆者は推測しています。とりわけ小林化工については、事件当時の社長は薬剤師の資格を有しており、社長に就任する前は医薬品製造の最高責任者である「総括製造販売責任者」の任にも就いていました。企業倫理・職業倫理を大きく逸脱したことに、同じ薬剤師として大きな憤りを感じています。

 このことと関連して、患者に提供される医薬品がどこで製造されているかの情報が全面的に開示されていない実態があります。普段、生鮮食料品を購入する際に、消費者は「産地」を確認されていると思います。時折、産地偽装がニュースになるほど、食品にとって産地はとても重要な情報ではないでしょうか。しかし、医薬品の場合は、原薬(主成分)がどこの国から輸入されているのかだけでなく、その錠剤が○○県の○○製薬の○○工場で製造していることすら開示されていないのが実態です。今回の事件を受けて情報開示を進めている企業もありますが、残念ながらまだまだ限定されています。

 今回の日医工・小林化工の事件の背景として、2005年の改正薬事法が無関係とは言えないと思われます。厚労省には是非とも2005年の法改正の振り返りをして頂き、医薬品の製造委託のあり方についてきちんとした対応をお願いしたいと思います。

後発医薬品の低薬価問題も不祥事に影響か

 現在の薬価制度において最低薬価は内服薬で1錠5・7円です(例:ジアゼパム2㎎、10㎎、カルバマゼピン100㎎など)。皆さん想像して下さい。1錠5・7円の医薬品の場合、100錠包装の薬価は1箱570円となります。それが例えば対薬価率80%で流通している場合、薬局は1箱を456円(税別)で購入することとなります。それを販売する卸は、それ以下の価格でメーカーから仕入れています。要するに1錠5・7円の医薬品を製造して100錠入りの包装品を400円程度で流通することができているのです。医薬品ですから、製造するにあたって原薬などの製造コストや流通コストは、それ相応にかかっているはずですが、こんな低薬価でメーカーに利益があるとは到底思えないのです。そのため、最近では不採算を理由に製造販売を中止する銘柄も少なくなく、安定的に医薬品を供給する使命を有する医薬品企業の役割としては許されないと思っています。後発医薬品メーカーは、低薬価の医薬品を製造するために、製造コストを削減することに必死で、コスト削減のために申請時の手順を無届で簡略化したことが推察されます。

 1錠5・7円は極端な例ですが、ACE阻害薬などの基礎的医薬品とされている後発医薬品の薬価は、ほとんどが1錠10・1円です。生命関連物質である医薬品が、お菓子より安くて良いのでしょうか(例:チロルチョコレート1個20円、クールミントガム9枚入り108円、1枚12円など)。筆者は最低薬価は少なくとも1錠20円以上に引き上げることと、ブロックバスターと言われる売れ筋の医薬品の薬価をさらに適正化すること、市場実勢価格に基づいて薬価を引き下げる薬価制度を抜本的に見直すことが必要だと考えています。

なぜ2年経過しても流通不安定が改善しないのか

 ひとつには問題が起きた日医工の富山第一工場が全面的に操業できていないことと、小林化工の工場は沢井製薬の関連企業に売却され来年4月まで稼働していないことがあります。こうした事態を受けて他メーカーは頑張って増産していますが、新型コロナによって原薬の調達をはじめとしたサプライチェーンに障害が起きていることもあり、流通不安定がなかなか改善していません。沢井製薬と東和薬品は自社の新工場を新たに建設しており、それらが2024年度に稼働するので、2年後には安定化すると確信しています。

 もうひとつは、今回の不祥事を受けて医薬品の製造工場でのバリデーションの点検を行っていることから、医薬品の製造がフル稼働していないためです。バリデーションとは、医薬品・医療機器を製造する工程や方法が正しいかどうかを検証するための一連の業務です。各社、多くの医薬品を製造しているため、点検に長時間を要しているのは仕方が無いかと思いますが、不祥事が起きる前から日常的に実施していれば、何ら問題は無いはずです。厚労省と業界団体が力を合わせて、早期に流通不安定が解消されることを期待したいです。

医薬品の安定確保のために求められること

 2022年3月25日に開催された第6回厚労省の医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議では、「医薬品の安定供給の責務は、一義的には各企業にあるが、重要な医薬品については、国も各企業の取り組みにより積極的な関与が必要。医療用不可欠であって、汎用され、安定確保について特に配慮が必要な医薬品を選定し、カテゴリを考慮しつつ対応を順次進める」とまとめられました。

 その内容は、第一に供給不安を予防するための取り組みとして、①製造工程の把握、②供給継続の要請、製造の複数ソース化の推進、③薬価上の措置を、第二に供給不安の兆候をいち早く捕捉し早期対応に繋げるための取り組みとして、④各社でのリスク評価、⑤供給不安事案の報告を、第三に実際に供給不安に陥った際の対応として、⑥増産・出荷調整等、⑦迅速な承認審査、⑧安定確保スキームを掲げています。なお紙面の都合上これらの詳細については割愛させていただきます。

 筆者は、厚労省の「医薬品の安定供給の責務は一義的には各企業にある」という姿勢ではなく、重要な医薬品のみならず、全ての医薬品の安定供給は、ワクチンや新薬の開発と同様に生命・健康に関する安全保障の課題であることから、製薬企業まかせにせず、政府・厚労省がきちんとイニシアチブをもって対応されることを切望しています。


 

(『東京保険医新聞』2022年10月5日号掲載)