[視点]円安問題と日本経済の展望

公開日 2023年01月30日

円安問題と日本経済の展望

                      

群馬大学名誉教授 山田 博文

  東京都区部の物価はじつに40年ぶりの高騰を記録しました。10大費目のうち、とくに光熱・水道といった公共料金の値上がりは、2022年11月の対前年度比で21・4%(うち都市ガス代金33%)と最高を記録しました。食料品も7%値上がりしました。

 公共料金の暴騰は、家計を苦しめるだけでなく、新型コロナウイルス(COVID―19)禍下の都民の健康と命を守る医療機関の経営を直撃しいます。

 食料品の高騰は、家計の食費の負担を重くし、病院・介護・福祉施設の給食部門を直撃し、経営の赤字化と患者・入居者の自己負担を増やしています。

▪ 円安が招いた物価高

 昨今、世界中がインフレ・物価高に襲われています。その背景は、2008年来のリーマン・ショック対策、最近のコロナ禍対策など、各国の財政金融政策が実体経済の成長をはるかに上回る過大なマネーを供給してきたからでした。昨今のインフレ・物価高の引き金を引いたのは、ロックダウンによるサプライチェーンの切断と生産の停滞、ウクライナ戦争による穀物やエネルギーの供給減などです。

 でも、日本の物価高の最大の要因は、半世紀ぶりの円安のためです。円安とは、ドルなど外国通貨に対する日本円の交換比率(外国為替相場)が不利になることです(下図)。その結果、エネルギーや食料の輸入物価が高騰し、輸入インフレに襲われたからです。

 円・ドル相場は、アベノミクスが登場する前と比較すると、1ドル=79円から131円まで暴落しました。1億ドルの食料やエネルギーを輸入するとき、アベノミクス前は79億円の支払いで済んだのに、131億円もかかるほど輸入物価が暴騰しました。

 このような円安が発生したのは、諸外国と比較して日本の政策金利が異次元の低水準に抑え込まれているため、国内のマネーが高金利の利益を求め、米国などに流出(円売り・ドル買い)したからです。日米の金利格差はほぼ4%に達しています。

 その結果、日本経済では、円安➡︎輸入物価上昇➡︎企業物価上昇➡︎消費者物価上昇➡︎生活と経営の悪化、といった事態を誘発しました。

▪ 衰退する日本経済

 現在の岸田政権に継承されたアベノミクスとは、異次元の金融緩和によって円安と株高を実現する大企業と富裕層・投資家のための経済政策でした。

 円安は、消費者物価を上昇させ国民生活に打撃を与えますが、企業サイドは企業物価の上昇によって利益を確保でき、経営が好転します。もちろん、それは大企業など輸入物価の上昇分を価格転嫁できる企業に限られます。

 大手輸出企業になると、円安によって対外輸出が増大し、莫大な利益(円安差益)が発生します。トヨタの例では、22年4〜9月期では、1円の円安で356億円の利益を得ています。21年度、上場企業全体では、1円の円安で2000億円強の為替差益が発生したので、約5兆円の円安差益を獲得し、経常利益合計は71兆円となりました。富裕層や対外投資家も、海外から受け取る年間30兆円ほどの配当金・利子収入も、円安によって莫大な利益を受け取っています。

 アベノミクスのもと、株式時価総額は、約300兆円から約742兆円へ2・4倍も増大しました。日本の大株主である海外投資家・金融機関・大企業などは、株高によって大もうけしました。全産業の株式配当金も約17兆円から約35兆円へ倍増し、株主の利益を増大させました。

 でも、円安による為替差益も株高によるキャピタルゲインも、地に足のついた実体経済の成長とは無縁の金融バブル下の「棚からぼたもち」の類の利益です。このような利益に走る「カジノ型金融独占資本主義」の日本経済は衰退する一方です。OECDによれば、21世紀の世界経済の平均成長率は3・3%でしたが、日本は0・6%で、先進国(G7)の中で最低です。2020年、国民生活の基盤となる日本の平均賃金(3・8万ドル)は、OECDの平均賃金(4・9万ドル)はもちろんのこと、お隣の韓国の平均賃金(4・1万ドル)にも追い抜かれてしまいました。

▪ 日本経済の再生と展望

 喫緊の課題は軍拡路線とアベノミクスを大転換し、憲法第9条と25条に則って、平和を守り、国民の生存権を充実する路線上で経済を再生することです。

 ウクライナ戦争の教訓は、保有する金融資産などでなく、食料とエネルギーが自給できない国は敗戦国並みの苦労を強いられることです。豊かな自然に恵まれた日本国土は、再生エネルギーや食料の自給が十分可能です。

 アメリカとドルに依存した対外関係を見直し、米軍の手先になる戦争や為替相場の変動を抑え込むことです。戦後のパックス・アメリカーナは転換期にあります。

 21世紀の世界最大の経済圏に成長したアジア経済圏でしっかりした足場を築くことです。中国やASEAN諸国はアメリカを抜き日本の最大の貿易相手国です。中国を仮想敵国にした軍拡など、日本経済破滅の道です。

 世界最大の経済圏に成長したアジアの近隣諸国と共存共栄できる新しい対外関係を構築することなしに、日本経済の未来は描けない時代が来ています。

(『東京保険医新聞』2023年1月25日号掲載)