[座談会]マイナンバーと保険証廃止を考える

公開日 2023年04月07日

原田 富弘 氏
共通番号いらないネット
菅谷 正見 氏
東京高齢期運動連絡会
事務局長
木村 潮人 氏
東京土建一般労働組合
書記次長
檀原 毅也 氏
全日本教職員組合 書記長

高齢者を置き去りにする保険証廃止

【岩田】 私たち医療機関に顔認証付きのマイナンバーカード(以下マイナカード)によるオンライン資格確認等(以下、オン資)システムの導入が4月から義務付けられています。

 私たちは、オン資システムを医療機関が導入する義務は存在しないとして訴訟を起こしていますが、法廷闘争と同時に、幅広い人たちと協力して、マイナンバーの危険性について国民全体に広げていくことが大事だと考えます。一番損失を被るのは、マイナカードの取得を強要される国民の皆さんで、医師にとっては守秘義務という医療の根幹を守るための闘いでもあります。

 それぞれの分野の方たちに、マイナンバー、マイナカードが急速に推進・拡大されていく中で、何が問題で、この流れを止めるために何ができるかを話し合えればと思います。

【菅谷】 高齢期運動連絡会の菅谷です。

 マイナ保険証を考える時に、まず現在の高齢者の実態を認識する必要があると思います。東京でも既に23%程度が65歳以上の高齢者で、多くの認知症の方がいます。また、区部では65歳以上の4割を超える人が一人暮らしという地域もあります。そうした状況でマイナカードが入ってくるのは大変なことです。

 1つのカードに幾つもの機能が入っていて、十分に理解できるかどうか。それから5年、10年ごとの更新。そして暗証番号。そもそも役所にカードを作りに行くことが、非常に高いハードルです。もしマイナカードを持ちたくなければ、これからは申請して「資格確認書」を取らなければならず、しかも1年ごとに更新しなければならない。今の保険証で何も不具合はないのに、わざわざ予算と手間をかけて不便を強いられるという状況です。

 当事者の声を聞きたいのですが、実はあまり声が上がってきません。マイナ保険証に対応できない、大変だと感じている方は、そもそも声を出せない方たちなのです。私が聞いた話としては、マイナカードの保険証登録の解除を希望したら、できないと言われたとか、自分でも知らないうちに、保険証とマイナカードの紐付けをされていたという話もありました。

 気になるのは、ネットの一部に、高齢者は置いていけばいいというような声が出ていることです。酷い場合は、分からないのであれば10割払えばいいじゃないか、とか。今回の件が、高齢者と現役の人たちとの分断を生んでいるのではないかと思います。

【園田】 内科医の園田です。私も高齢者で、何とか電子カルテは使っているし、家でもPCを使っていますが、年を取ってくると操作ミスやデータの消去等がよくあります。その点で菅谷さんの話は本当にピンときました。

 コロナ禍では、一人暮らしの高齢者が、コロナワクチン申込みの時にどれだけ困っていたのかを見てきました。そういう人たちのことを無視して事が進んでいくのがとても怖いと思います。最終的には自分たちが信頼できる政府にしていかないといけないのだろうと感じます。

デジタル化のあり方に大きな懸念

【木村】 東京土建は、終戦直後に「けがと弁当は手前持ち」というふうに言われてきた中で、日雇健保の擬制適用を勝ち取って、しかしそれが国によって強制的に廃止されたことで運動を起こし、1970年に自前の国民健康保険を国に認めさせた歴史を持っています。社会保障を守っていくことは、組合運動の大きな柱になっています。

 私たち組合が設立した国保組合には、資格過誤請求、私たちの立場から言うと不当利得の問題があります。オン資が導入されれば、資格過誤がなくなると厚労省は言っていますが、保険証がなくなってマイナカードだけになると、自分がどこの保険に入っているのか分からなくなり、手続きの遅れ、混乱が起きることを危惧します。

 もう1つ、母体労働組合と国保組合にとって、保険証が仲間の象徴だという側面があります。現在、東京土建に入っている仲間の6割が事業所経由で入っており、自分が労働組合に加入していると意識している方が少なくなっています。保険証を見る時が、自分は東京土建の仲間なんだということを想起する機会になっています。

 それがなくなり、どこの保険に入っても同じだという考え方になっていくと、賃金を上げていこう、職人の処遇を改善させようという運動に結集することがなくなるのではないかと心配しています。

 マイナカードに保険証を付けるのではなくて、今まで通り保険証を発行し、東京土建国保組合の一員として、みんなの協力で保険者機能を果たしていくことが必要だと思っています。

【檀原】 全日本教職員組合の書記長の檀原です。

 最近、学校が色々な政策の最前線に立たされる傾向が強まっています。例えば、保護者が学校に来る行事の際に、マイナカードが取得できるブースを設けるということが起きています。

 岡山県備前市では、給食費の保護者負担の軽減・無償化について、マイナカードの取得率を高めるために、「今後はカードを持っていないと対象から除外する」と言いました。高崎市では、生徒1人1人に持たせている端末に「マイナンバーカード普及促進に係るお願い」を入れて、保護者の人たちに見せようとして、目的外使用だと教職員組合がすぐ申し入れをして、中止されました。こうした例は枚挙に暇がありません。

 国は現在「GIGAスクール構想」「教育DX(デジタル・トランスフォーメーション)」といって、急速に教育のデジタル化を進めようとしています。政府のロードマップには、個別には見るべきところもあるのかもしれませんが、結局何を進めようとしているのかが問題です。今後は学校の機能を縮小させて、社会や民間の力を活用していくとあります。教育の公共性、教育の役割をやせ細らせて、政府や経済界にとって都合のいい人を作っていこうというわけです。

 また、デジタル庁と文科省と経済産業省、総務省が教育データの利活用ロードマップを作っています。教育データのデジタル化を進めて集約すれば、活用できますよ、プッシュ型の支援ができますよと書かれています。ただ、同時に子ども達のデータ管理が可能になり、民間の業者も使えることになっています。教育現場が子どもたちのプロファイリングの道具に使われ、都合のいい政策を押し付けられる恐れがあります。

 また、2023年度の文科省予算案で「新たな教師の学び」を支える研修体制の構築として、マイナンバーの活用に触れています。個々の教員がどのような研修をしたのかは元々各都道府県の教育委員会の管轄だったのを、今後は国で一括して管理するということです。本来自主的なものであるはずの研修が集約され把握されることによって、管理や統制が容易にできてしまいます。

 教育のデジタル化に全面的に反対するものではありませんが、今進められている政策には大きな懸念を持っています。

 

医療データ利用 国民は望んでいない

【須田】 政府はデジタル化と言いますが、それが本当に国民のためになるのかどうかを約束しません。情報を繋げれば、色々な役に立つと言いますが、公開してはならない個人情報もあります。本当は政府が医療費を削減する役に立てるつもりなのではないかと思います。私たちは今回訴訟を起こしましたが、マイナ保険証への一本化は、マイナカードの取得が任意だという原則に反します。国の法律に反することを閣議決定だけで決めてしまって、既成事実化していくという、独裁的な手法にも強く抗議したいと思います。

【吉田】 副会長の吉田です。今のお話を聞いて、まさに医療界と同じようなことが教育界でも起こっていると感じました。医療でも、一生涯にわたる個人の医療情報を管理していくということが計画されています。私はそのこと自体、人権侵害だと思います。自分の情報を利用されない権利や、データベースから消せる権利が保障されていない中で勝手に情報を集められて、民間でも利用されていくのは、ヨーロッパのGDPRにも真っ向から反する発想です。

 オン資について、政府は当初、返戻が減る、事務手続きが楽になると宣伝していましたが、2022年6月の骨太の方針からは、より良い医療のため、医療DXのためということを強調しています。「より良い医療」とは何なのか。中間とりまとめには、マイナカードを用いて、特定健診情報等、薬剤情報、医療情報を閲覧できるとあります。これは本当に国民が望んでいることなのでしょうか。

 2023年1月分で、マイナカードによる資格確認が120万件行われていますが、特定健診情報の利用件数は24万件しかありません。薬剤情報も57万件で、診療情報はさらに減って20万件です。つまり、実際は自分の受診歴や医療データを見られたくないという方が多いということです。

 もう1つは、顔認証についてです。厚労省は、本人確認を確実にするためのものだと言っていますが、医療機関は基本対面ですから、窓口でスタッフが見れば本人確認できるわけで、政府の資料にもそう書いてあります。それにもかかわらずわざわざ顔認証機能を導入させようとしています。これは国民監視につながると私は考えています。顔認証システムが普及すれば、街頭カメラと連動させることもできて、街頭で個々人の行動を全部監視できてしまいます。車のナンバーをカメラで見て識別するNシステムが犯罪捜査に使われていますが、それの人間版とも言われています。

 最後がサイバー攻撃の問題です。オン資に使われる専用回線自体は安全かもしれませんが、医療機関や薬局約20万件が繋がって、そのうちのかなりの割合が、クラウド型の電子カルテ等でインターネットに繋がっています。その中の1カ所からウイルスが入れば、ネットワーク全体に広がる可能性があります。   

 そうした事例は既に起こっていて、徳島県つるぎ町の半田病院や大阪の急性期・総合医療センター等では診療がストップする事態になりました。医療ISACによれば、2021~22年の約2年間で17医療機関がサイバー攻撃の被害に遭っているそうです。

 こうした問題に対して国は「個々の医療機関でセキュリティ対策しなさい」というだけで、国としての対策が欠如しています。

【於曽能】 整形外科医の於曽能です。顔認証は初診の時は便利かもしれませんが、二度目以降は職員が患者の顔を見れば、誰々さんだ、と対応できるわけです。それを受診のたびにリーダーに顔をかざしていたら、受付は大渋滞してしまいます。患者さんをお待たせしたくありません。

 既に今、政府が個人に点数をつけて、それとGPSの位置情報を集めて、国民を監視している国もあります。顔認証はそうした国民監視の第一歩だと危惧しています。

 医療DXにも問題が色々あります。どうしてもデジタル化をやりたければ、今の保険証にICチップを取り付けて、医療内部で完結するようにすべきだと思います。

【岩田】 DX(デジタルトランスフォーメーション)というのも、ストルターマン氏が書いた論文の中の概念を、日本が経済産業上の目的で流用して、IT業界の救済策に使われているのが現実です。

 個人個人が自分のデータを管理して、自分で上手に使えるのが一番良いに決まっているのですが、日本の遅れたIT業界はそのための技術を発展させないで、一昔前の、大きなサーバーに集めれば何とかなるという考え方のままです。

 

監視国家化にどう抵抗するのか

【岩田】 それぞれの専門領域が守れない事態になりつつあるのに、何となくデジタル化でデータが収集できるようになることを容認する人たちもいて、それぞれの分野でまとまった運動になり切れていない所があると思います。

 今の世相だと、自分には関係なければいいという人が多くて、それに付け込まれた形で政策が出されているように思います。

【菅谷】 国民監視という話がありましたが、中国には「天網」という監視システムがあります。中国は顔認証システムの開発がものすごく進んでいて、例えば特殊なサングラスをかけて見ると、この人はどこの誰なのかが全部分かるシステムが既に出来ています。コロナの時にはそれが大活躍をしています。

 買い物の決済手続きが簡単になるなどのメリットもありますが、一方でその人の資産や経歴が全部把握されていて、顔認証や行動と紐づけられて点数化され、それに応じて扱いが変わってくるという「信用スコア」が既に実用段階に入っています。

 マイナンバーと顔認証は、結局そこへ行こうとしていると思います。人道の観点から許されないことを、医療を人質に取ってやろうとしている。

 以前、個人が就職活動で内定をどれだけ断ったかをデータベース化して企業に売ろうとしているのが発覚した事件がありました。あれは日本の底流がスコアリングの方へ流れている証拠だと思います。

 教育では天網よりもっと恐ろしいことが進められていて、生まれてこの方どういう学習・研究をして、どんな本を読んできたかが全部分かるようになれば、内面が把握されてしまう。このことを押さえておく必要があると思います。

【岩田】 学籍簿のデジタル化、マイナンバーとの紐付けが進めば、民間軍事会社にリクルートするのも非常に楽にできてしまうと思います。そうした実例を挙げれば、国民の多くは嫌だと言うと思いますが。

【原田】 中国は恐ろしい監視国家だと言われますが、全ての住民がマイナカードを持てば、J―LIS(地方公共団体情報システム機構)に全ての住民の顔写真データが集まるので、実は中国よりも恐ろしいことになります。しかし、そういう状況が国民になかなか知られていない。

 マイナポイントを管理するマイキープラットフォームは、実質的な「信用システム」であって自治体が個人のプロファイリングに使うことができます。

【菅谷】 防衛庁がネットを活用した世論操作の研究を開始するということもニュースになりました。Amazon等がネットで個人の嗜好に合わせた広告を流していますよね。これを思想操作に使えば恐ろしいことになります。アメリカ大統領選でトランプ陣営がそれをやったというのが暴露されていますが、マイナンバー顔認証の先に、そうした社会を作ろうとしている勢力がいるということを知らせていくことが大切です。

 こういう人道に反することはやめよう、AIやビッグデータの利活用に規制をかけようという動きが、世界の中では既に始まっています。私たちがみんなで力を合わせれば、日本でも世論を動かすことができると思います。

【木村】 私たち建設の分野では、インボイス制度が非常に問題になっています。いわゆる「一人親方」など、課税売上が1000万円に満たない方に対して、直接課税事業者にするのではなく、インボイスを出さなければ上位企業との取引ができない、という形で実質的に課税事業者になることを強制する。保険証廃止と同じく搦め手から追い込む卑怯なやり方です。

 私たちと同じように困っている人たち、例えばフリーランスの芸能界の方、声優さんや、イラストレーターや、ライターの方々が、私たちの運動に共鳴し、インボイスを廃止しよう、さらに防衛費のために税金を上げたり社会保障を削減する流れを止めよう、と一緒に取り組んでいます。

 人道に反する政策を強引に続けている政府への国民の怒りは高まっています。今回、マイナンバーについて、各分野からのお話がありましたが、要求の一致する仲間を増やし、横展開して運動を広げていくことが必要だと思います。

 マイナンバー制度反対連絡会が保険証廃止に反対するネット署名に取り組んだところ、数日で約11万筆が集まりました。

【檀原】 教育分野でも、取り組みによって情勢を動かしている実例はあります。例えば1クラスの人数が長年40人だったのが35人に改善されたことや、教員免許更新制に抗議し続けて、廃止に追い込んだことなどです。大事なのは、その要求が正当なものであるか、どれだけ現場に根差した要求なのかということだと思います。粘り強く声を上げ続けることで共同が広がって、それによって情勢を動かしている。

 今の憲法の下では私たちが主権者だから、政府に対して異議申し立てするということが十分できる。これを生かしていかないといけないし、その可能性は十分にあると思います。

【原田】 マイナカードの所持率は確かに増えましたが、取得している理由の8~9割はポイント欲しさであって、保険証代わりにするメリットなどは感じていないわけです。国の予算を2兆円も使って推進しても、国民の3割はマイナカードを所有していない。

 一方では所持率が増えたことで、身分証明書として、保険証やパスポート等が使えた場面で、マイナカードを要求されることが増えているのですが、個々人の内心では、決して政府に従ってるわけではありません。嫌だと思っている人は相当数いて、そういう人と十分繋がっていけます。

【岩田】 ポイントをもらえてもマイナカードを持ちたくないという人達が一定の割合でいるのは、番号で管理されることの非人間性を正しく感じ取っているからだと思います。税にしろ子育てにしろ医療にしろ、政府が個人情報を一元管理してはならないということを運動にする力が出ないかと私は感じています。

【吉田】 最近、患者から、マイナカードを作らなければいけないのか、と聞かれることが多くなりました。私は、「うちは4月からも保険証のままでいきますから大丈夫です」と答えています。

 全医療機関がオン資の設備を導入したら、保険証廃止はすぐ実現できてしまうし、逆に国民がみんなマイナカードを持ってしまえば、医療機関は否が応でも設備を入れなければならなくなります。医療者としては、患者一人ひとりに、今慌ててマイナカードを取ることないよと伝えていくことが、保険証を守ることにつながると考えています。

【原田】 マイナンバー、国民総背番号制の歴史では、これまでの運動で阻止できたものもあります。80年代のグリーンカードなど、現場の「これはおかしい、困る」という声と、国民の「こんなの嫌だ」という声がうまく結び付いた時にはストップさせている。

 非常に厳しいせめぎ合いではあるけれど、頑張りようはあると思っています。

「データを集めれば役に立つ」は幻想

【岩田】 医療分野に限らず、「大量のデータを集めて眺めると全体の傾向が分かって、何か役に立つことにつながる」という幻想があると思います。それを専門家として論理的に打破することが必要なのではないでしょうか。

 どの情報をどんな風に集めて、どう分析するのかも含め、それぞれの専門家が苦心してきた実践があって、ただ闇雲にデータを集めても改善の道は見えてこないということがどこの学会でも合意になっていかなければなりません。

【吉田】 「ビッグデータを集めて調べれば思わぬ知見を得られるのではないか」ということはよく言われます。しかし、本来そういう研究をする時には、人権侵害にならないように厳密にデザインしてデータを集めなければなりません。何のチェックもしないで、集めるだけ集めて、自由に利活用していくなどというのは、人権侵害でしかありません。

【須田】 毎朝味噌汁を飲む人と飲まない人とで、味噌汁を飲む人の方が健康なようだというデータがあります。でも、起きたらすぐに会社へすっとんで行くような人と、ゆっくり食事をとる余裕のある人を混ぜこぜにしたデータはあまり役に立ちません。データばかり大量に集めても、データの質が悪いと何も見えてきません。

【岩田】 それぞれの領域の中の知見を伺うことができました。今後の運動の方向性を考えるヒントになったかと思います。

【須田】 実際に成功した運動もあるということを伺って、とても勇気づけられました。あきらめないでやれることをやっていく必要があると思います。今日はどうもありがとうございました。

(3月8日、協会セミナールームで開催)
【ゲスト】原田富弘、菅谷正見、木村潮人、檀原毅也各氏
【協会出席者】須田昭夫会長、吉田章副会長、岩田俊広報部長、於曽能正博部員、園田久子部員

(『東京保険医新聞』2023年4月5日号掲載)