[視点]障害者が安心して65歳を迎えられる社会を

公開日 2023年05月26日

障害者が安心して65歳を迎えられる社会を
~天海訴訟控訴審判決を受けて~

                      

天海訴訟弁護団 弁護士 坂本 千花

1.天海訴訟の経緯

 千葉市に住む天海正克さんは、障害者総合支援法に基づく居宅介護サービスを利用して生活していたが、65歳になったことを機に、介護保険法による有償(月1万5千円)の訪問介護サービスへの移行を強制された。

 天海さんは、有償の介護保険の利用を強いられることは不本意であるため、介護保険の申請をせずに、総合支援法の居宅介護の申請をしたところ、千葉市から却下処分(以下、「不支給決定」という)を受け、それまで無償で利用していたサービスを全て打ち切られた。

 天海さんは、この不支給決定に対し取消訴訟を提訴したが、千葉地裁は、天海さんの主張を認めず、千葉市の不支給決定は適法だと判断した(2021年5月18日)。

 天海さんは、東京高裁へ控訴をしたところ、2023年3月24日、東京高裁は、千葉市の不支給決定を違法として取り消す判決を言い渡した。

 控訴審判決に対して、千葉市により上告受理の申立がなされたため、今後、最髙裁判所に係属することになった(2023年4月現在)。

2.第一審での天海さんの主張

 第一審では、天海さんは介護保険のサービスでは自己負担が生じるため、金銭的負担が厳しいことや、介護保険法と総合支援法のサービスは全く同じではないため、引き続き総合支援法のサービスを継続する必要があると主張したが、第一審は、天海さんの主張を退け、千葉市の不支給決定は適法であると判断した。

 第一審の判断は、65歳以上の障害者が介護保険の適用があると見込まれるときは、介護保険の申請をすることが、総合支援法の申請の適法要件であり、介護保険の申請をしない天海さんについては、総合支援法の申請を却下せざるを得ないため千葉市の不支給決定は適法である、ということである。

3.控訴審判決(2023年3月24日)について

⑴控訴審での審理の展開

 控訴審では、引き続き総合支援法のサービス継続の必要性を訴え、千葉市が支給決定にあたって考慮すべき事項を考慮していないことが違法であると主張した。

 ところが、控訴審では、不支給決定当時(2014年)実施されていた制度下では、65歳以前から総合支援法のサービスを利用していた障害者間で、介護保険に移行した場合の自己負担に不均衡が生じていることが問題となった。

 具体的には、収入がある課税世帯の障害者が介護保険移行後に自己負担が0円に軽減されることがある一方で、収入の低い非課税世帯の障害者が介護保険に移行した場合、月1万5千円の自己負担を余儀なくされる不均衡が生じている点が問題となった。

⑵控訴審判決の内容

 東京高裁は、第一審判決を変更して千葉市の不支給決定を違法として取り消した。

 前述のような制度的不均衡の中では、「市町村は、域内の住民のための社会保障を担っており、社会保障制度を運用するについては、住民に不均衡が生じないよう配慮すべき」と指摘して、市町村に住民相互の不均衡を避けるための裁量があるとし、天海さんに対して総合支援法の支給決定をすべきであったのに、適切に裁量権を行使しなかったことが違法であると判断した。

 東京高裁判決は、以下の点において重要な意義がある。

①「住民相互の不均衡をもたらす措置を避ける」という限度ではあるが、域内住民の社会保障を担う市町村の責任を重視し、65歳を超えた障害者に対しても総合支援法の支給決定をすべき裁量を認めたこと

②国家賠償法による賠償責任まで認めたことにより、地方自治体職員のあり方・職務に係る姿勢に言及したこと

⑶控訴審判決の理由中の判断について

 控訴審判決は、天海さんの勝訴判決ではあるものの、理由中の判断には、受け入れ難い点があることも事実である。

 判決の理由では、「我が国の社会保障制度は、社会保険中心主義にのっとって、公的扶助、社会福祉等はこれを補完するものと位置付けられている」として、保険優先の原理を強調している。

 また、総合支援法7条の解釈について、「市町村が、介護保険法による保険給付と障害者総合支援法による自立支援給付を選択して行うことができることを示したものではない」とした点や、65歳に達した障害者が、総合支援法と介護保険とを任意に選択できることは、「介護保険優先を原則とする社会保障の基本的な考え方に沿わないとともに他の者との公平にも反する」とした点は、天海さんの主張を退けたものである。

 特に、総合支援法7条について、「加齢に伴って心身の障害が生じた高齢者と高齢化した障害者とを公平に取り扱う観点から、介護保険優先の原則を採用した」と解釈した点は、生まれながらに障害を持ち障害福祉サービスを受け続けてきた障害者と、障害なく生きてきて加齢に伴って介護が必要になった高齢者を一律に扱うことの不条理について主張してきたことを度外視するものであり残念であった。

 もっとも、65歳問題の矛盾を指摘して、65歳になったとたんにそれまで無償で受けられていたサービスが有償になるという不条理について配慮した点は、大きな意義がある。

 千葉市が上告受理の申立をしたため、今後最髙裁に係属することになったが、自治体による不条理な障害福祉サービスの打ち切りがなくなり、障害者が安心して65歳を迎えられるよう本判決が一つの糧になることを願ってやまない。

(『東京保険医新聞』2023年5月25日号掲載)