[寄稿]マイナ保険証をもてない人たち

公開日 2023年06月09日


須田クリニック 須田 昭夫

 医療を遠ざけるマイナ保険証

 マイナ保険証を持てない人がたくさんいます。事情があってマイナカードを取得できない高齢者や障害者、DVから逃れて住所を隠すためにマイナカードを持てない人もいます。保険証は手続き不要で手に入りましたが、マイナ保険証は自分で役所に行って手続きしなければなりません。マイナカード本体は10年ごとの更新ですが、内蔵された電子証明書は5年ごとに更新が必要です。必ず空白の期間が生まれます。健康問題や仕事で役所に行けない人、手続きしなかったり忘れた人は、マイナ保険証を持てません。保険料を支払えずに無保険となった人たちもマイナ保険証を持てません。政府が国民皆保険を維持する義務を果たさなくなります。マイナ保険証がない人は、診療費に上乗せするペナルティがつきます。もともと手が届きにくい医療が、ますます遠くなります。最も弱い人たちを見捨てる社会を信じてよいのでしょうか。

医療・社会保障の削減を続ける日本

 病気は自己責任にされ、自己管理を要求されています。医療費の地域差をなくすと言いますが、低額な医療費の何を切り捨てるのでしょうか。新型コロナ感染症のパンデミックは、病気が個人の責任とは言えないことを教えました。化石燃料を消費する社会がCO2を発生させ、地球を温暖化させて病気を媒介する生物の生息域を変えました。資源を求める活動が地球の自然を破壊して、動物界の病原体が人間界に近づいたことが、パンデミックの増加に関係しています。

 パンデミックのさ中でも、ホワイトカラーの人たちはリモートワークやオンラインセミナーを利用できますが、流通・運搬、食品販売・飲食、介護・育児・教育、清掃など、社会のインフラに係る人たちは感染のリスクを冒して現場で働き続けています。

 日本は世界の最長寿国グループに所属していますが、医療の力ばかりでなく、上下水道の完備や都市環境の整備、食生活の改善など、社会全体を改善した力が評価されています。パンデミックは公衆衛生の問題ですが、保健所の弱体化が反省されています。公的病院には感染症病床や急性期病床が少なく、医療従事者が不足していました。これらは行政の問題であり、個人の責任ではありません。

 少子高齢化が進む日本では、2040年に医療費が逼迫するという問題が論議されています。ところが2040年の医療費推計を見ると、ドイツ・フランスなど欧米諸国の医療費がGDP比9%以上であるのに対して、日本の医療費はGDP比9%未満です。これのどこが問題なのでしょうか。日本のGDPが世界に後れを取らなければ、何の問題もない数字です。ところが最近の20年間に世界のGDPは1・3から1・5倍に成長する中で、アベノミクスを掲げた日本だけが、全く成長していません。

 消費税を導入して法人税引き下げに使ってしまった日本は、社会保障を圧縮し続けて国民を貧しくしてしまいました。社会保障の充実はGDPを成長させる最大の力です。つつましい消費の循環が国を豊かにします。GDPはもともと国の豊かさを比較する指標でした。国民が不幸な国のGDPが成長するわけがありません。ブータンの国王が言うGross Natural Happiness(GNH)が成長する国にして行くことが大切です。2040年までの時間が大切です。

トラブル多発 マイナ保険証の問題点

 2023年4月9日現在、マイナカードの普及率は76・5%、そのうち保険証機能を付けた人が66・9%ですから、マイナ保険証の普及率は51・2%です。3兆円を使って、やっと国民の半数が持つことになりました。2万円相当のポイントを貰うためにマイナ保険証を持った人も、実際にはほとんど使っていません。いまマイナ保険証を持って受診する人は外来受診者の1%以下です。使用した医療機関の約40%に、資格確認できないなどのトラブルがあるようです。逆に、他人のマイナ保険証を使って顔認証をしてみたら、受給資格ありに判定されたという報告もあります。実印のような機能を持つはずのマイナカードですが、まだまだ実用のレベルには達していないようです。

 政府の広報にはマイナカードの利点だけが述べられており、欠点には全く触れられていません。インフォームドコンセントという観点からは完全にアウトです。マイナ保険証の義務化は国会の議決なく強行されてきました。東京保険医協会が行った予備的なアンケート調査によれば、マイナ保険証の長所と短所を説明した後で患者にアンケート調査をすると、7~8割の人たちはマイナ保険証に何らかの懸念を示し、入手や使用をためらう回答でした。

 マイナンバーは原則として一生替わりません。数字は読み間違いがなく、確実に個人を特定できます。ところが今のマイナカードには数字12桁のマイナンバーのほかに、英数字6~16桁の電子証明書の認証番号と、持ち主が本人であることを確認する数字4桁の暗証番号が入っています。活躍するのは6~16桁の認証番号で、マイナンバーの使用制限(税、社会保障、災害)を超えて、様々な情報を紐づけします。この電子証明書は5年ごとに市区町村の役場に本人が行く、変更手続きがあります。変更は人の手で行われるために、ミスが発生します。医療DXは情報漏洩の犠牲者がほぼ確実に発生することを無視して進められていきます。個人情報の漏洩事件や、電子カルテにコンピューターウイルスが感染する事件も多発しています。

 ヒポクラテスの時代から、医師には医療情報の守秘義務があります。情報漏洩には刑罰もあります。治療のために、医師は患者さんが話したくないことも聞かなければなりません。情報漏洩を恐れて患者さんが本当のことを言わなくなれば、正しい診断ができなくなります。医療情報は絶対に漏洩しないという信頼が必要です。

 医療DXは政府がマイナ保険証によってカルテ情報を集めて、医療費の適正化(削減)に利用します。次いで収入、預貯金、資産状況、戸籍情報、公的資格、購買履歴と支払い状況、インターネットでの発信、図書館蔵書の貸し出し履歴などと紐づけた情報を、企業の営利活動に利用することになっています。企業が個人のスコアリング(電子的評価)を行えば、個々の国民の行動に干渉してゆくでしょう。いつもどこかから監視されているような社会になるかもしれません。
 

(『東京保険医新聞』2023年6月5号掲載)