[視点]都立・公社病院がもたらしたもの

公開日 2023年06月09日

都立・公社病院独法化がもたらしたもの

                      

都立病院機構労働組合 書記長 大利  英昭

短期・長期に分けて考える独法化の影響

 独法化が都立・公社病院の医療提供にどのような影響を与えるのか。この問題を考えるには、独法化の影響を短期・長期に分けて考える必要があります。短期的な問題は、大阪府立病院の独法化に象徴された、患者自己負担の増額、医療労働者の労働条件切り下げによる離職などです。この短期的な問題はわかりやすいので注目されがちです。7月現在、都立病院ではこれら短期の問題は生じていません。

 長期的な問題とは、補助金の削減により、年を経るごとに医療提供にダメージを与える問題です。一番は人材育成の問題であり、次いで施設や医療機器の問題であり、この二つがもたらす必要とされている医療を患者に提供できないという問題になります。

 その結果、経営が悪化すればどうなるか。地方独立行政法人法には定期的に経営を評価し、利益が出ない場合はサービスを廃止することが明記されています。「都立」病院の廃止、売却が検討される事態になるでしょう。ですから短期的な問題が出ていないからといって油断はできません。地方独立行政法人法は、地域住民に安定したサービスを提供するためのものではなく、自治体リストラのツールでしかないのです。

短期的問題を予防した独法化反対運動の成果

 都立病院の独法化では短期的な問題が発生しませんでした。それは都民と労働組合の協力による独法化反対運動の成果です。

 「都立病院は400億円の赤字」にはじまり都は独法化しなければならない理由を並べてきました。「超高齢化などの変化に迅速に対応できない」「公務員は定数で管理されており柔軟な人員配置ができない」などです。その理由の全てが、反対運動と連携した都議会論戦で論破されてしまいました。400億円は法令に定められた適正な繰入金であり赤字補填ではなく、コロナ禍という未曽有の環境変化にも補正予算を立て柔軟に対応し多くのコロナ患者を受け入れ、定数や労働条件が合わず人材確保ができなかった例などほとんどなかったことが次々に明らかにされました。

 そこで小池都政は、20年都知事選、21年都議選で、都立・公社病院独法化を争点にすることを徹底的に避けました。そのため大阪のように独法化に際して、患者自己負担の増額、労働条件の切り下げ、不採算部門の切り捨てなど「急進的」政策をとることができなくなりました。確かに独法化されてしまいましたが、「急進的」政策をとることを許さず、独法化に伴う短期的な問題を発生させませんでした。これは運動の成果です。

「安上がりな医療」では人材が育たない

 公社病院はどうだったのでしょうか。公社病院では、独法化に伴う長期的な問題が顕在化して経営危機ともいえる状況でした。都が公社病院の運営を通じて追及したのは、いかに安上がりな医療を提供できるのかということでした。この「社会的実験」は当座の運営資金にも事欠くという事態になり失敗が明らかになっていました。公社病院の独法化は、公社の経営破綻的状況を、都立病院とまとめて独法化することにより隠ぺいするという側面がありました。

 安上がりな医療を求めた公社の経営はなぜ失敗したのでしょうか。

 人を育てることに失敗した。これが私の結論です。身軽な経営をさせるために固定資産を持たないことにした副作用により、資金繰りが悪化したという点もありますが。独法と公社を貫く問題は、医療者育成問題です。

 独法化された病院が自治体からの補助金を減らされ安上がりな医療を追求しようとすれば、削減するのは人件費になります。つまり労働条件の切り下げです。地方公務員として民間病院では担えない行政医療を担うことに、多くの職員はやりがいを感じベテランとして成長してきました。コロナ禍で都立病院が一般医療を制限し多くのコロナ患者を受け入れることができたのは、平均勤続年数約15年のベテラン看護師層がいたからです。一方先行して独法化された病院の平均勤続年数は約6年です。この差が危機の対応を分けたのです。

 つまり独法化は、短期的にも、長期的にも人件費を下げることで病院運営にかかわる経費を削減するだけの制度でしかないということです。ベテランがいない病院は危機の時に力を発揮できません。

 今年に入り東京医療センターで看護師大量退職問題がおきました。独法化された国立病院では毎年のようにどこかの病院で看護師の大量退職問題が起きています。看護師大量退職問題は、人件費を切り下げた病院で必発する問題です。独法化される直前の公社荏原病院でも発生しています。人件費はコストですが、将来の医療の質を担保する先行投資です。人件費を削減する経営は、未来を担う人を育てることができないのです。コロナ重症化センターを立ち上げた大阪府では、人工呼吸器をそろえることはできましたが、それを扱える看護師を育ててこなかったので、金の力で近隣から看護師を募集しました。

 安上がりな医療と決別して、未来を担う医療人材を育てる余裕を医療界に持たせること。これは独法化された病院だけではなく、日本の医療全体の課題です。

(『東京保険医新聞』2023年6月5日号掲載)