[視点]水道水汚染の脅威~PFAS調査阻む地位協定

公開日 2023年09月09日

水道水汚染の脅威~PFAS調査阻む地位協定

                      

沖縄国際大学教授 前泊  博盛

 瑞穂の国と呼ばれた日本の豊かな水源が米軍基地と自衛隊、そして行政によって静かにそして長期にわたって汚染され、国民の命を脅かし続けている。発がん性など多くの健康被害が指摘されるPFAS(=有機フッ素化合物の総称)汚染である。PFASの一部であるPFOSやPFOAは健康被害が指摘され、製造や輸入がすでに禁止されている。

 「50mプールに塩3粒程度」の量で飲用不可にするPFASの猛毒性は、長期間にわたり毒性が失われないことから「永遠の化学物質」と警戒・警告されている。

 米軍基地内で長年使用されてきた、あるいは現在も使用されている可能性の高いPFAS含有の泡消火剤による有事想定の消火訓練で、沖縄の地下水源や水源河川の汚染が進んでいる。水源汚染は米軍横田基地(東京)周辺でも指摘されている。だが、明らかな汚染源と指摘される米軍基地内の調査やPFAS含有泡消火剤の使用中止、禁止措置について日本政府はあいまいな対応に終始。命の水となる水道水源の安全確保に消極的な対応をとり続けている。

 その汚染除去や問題解決を阻む背景として、日米安保条約に基づく在日米軍基地管理権を定めた「日米地位協定の壁」の存在が明らかになっている。

◆PFAS汚染の発覚

 2016年1月、沖縄県企業局は「米軍嘉手納基地の周辺から有機フッ素化合物のPFOS・PFOAが高濃度で検出された」と記者会見で発表した。嘉手納基地周辺を流れる比謝川は、那覇市など約40万人に水道水を供給する取水源となっている。その取水先となる複数のポンプ場や井戸群を調査した結果、安全とされる勧告値(米環境保護庁)1ℓ当たり70に対し1379と最大約20倍もの汚染値が検出された。

 複数の調査ポイントから、最も汚染値が高いのが、嘉手納基地内から比謝川に流れ込む上流の大工廻川で1379(2014年度沖縄県調査)、2015年度の調査でも744と比謝川ポンプ場の414(14年度同調査)、590(15年度同調査)を大きく上回っていた。汚染源は「米軍嘉手納基地内」であることを証拠づける調査結果だった。

 嘉手納基地内の井戸群の調査(2014~18年度)でも227~829という高濃度の汚染値が確認され続けている。井戸の汚染からも汚染源が嘉手納基地内であることは明らかである。

 沖縄県は記者会見後の2016年1月21日、防衛省(沖縄防衛局)に対しPFAS汚染の原因と思われる「泡消火剤の即時使用中止」と「基地内でのサンプリング採取」を米軍に申し入れるように要請した。

◆調査阻む「日米地位協定」

 1カ月後に届けられた防衛省(沖縄防衛局)からの回答に、沖縄県は茫然とする。「PFASを含む泡消火剤は日本を含む世界の主要空港で使用されてきた」「嘉手納基地の部隊(第18航空団)は、すでに非PFAS含有製品(泡消火剤)に取り換えた」「残存するPFAS泡消火剤も非含有製品に取り換える作業を実施する」との内容だった。回答は米軍から寄せられた「沖縄防衛局への覚書」の形で寄せられた。沖縄県が求めていた嘉手納基地内での水源地のサンプリング採取についての回答はなかった。

 調査への回答を求める沖縄県に対し、沖縄防衛局は水道水のPFAS汚染と米軍との「因果関係は不明」として、沖縄県のサンプリング調査要請を無視する米軍側の対応を容認するかのような説明と対応に終始。その後、沖縄県宜野湾市の米軍普天間基地周辺の水源汚染や宜野湾市民の血液検査による血液のPFAS汚染の発覚など、次々に米軍基地由来のPFAS汚染が明らかになる中で、汚染発覚から10年が経過しようとする現在まで、基地内調査は実現していない。

◆画餅の環境補足協定

 米軍基地由来の環境汚染に対する汚染除去、再発防止に関する明確な取り決めは現行の日米地位協定には存在しない。

 米軍基地内からのジェット燃料漏れによる「燃える井戸」事件、返還基地跡地からのヒ素、PCB、ダイオキシン、有機水銀などの汚染発覚など、相次ぐ環境汚染問題に対処するため1973年に初の取り決めとなる「環境に関する協力」が日米合同員会で合意、1995年には「日米の環境関連法令のうち厳しい基準を選ぶ」対応の実施も合意された。

 環境に関する世界的な関心の高まりなどもあり、地位協定の不備を補う形で、日米両政府は2015年、汚染が起きた場合に日本側が基地内に立ち入り調査を可能にする「環境補足協定」を締結している。協定締結時に外相だった岸田文雄首相は、当時「従来の運用改善とは異なり、歴史的意義がある」と得意げに語っていた。

 だが、PFAS汚染に関する沖縄県の基地内立ち入り調査要請に岸田外相は「(補足協定による立ち入りは)環境に影響を及ぼす事故、漏出が現に発生した場合と定められている」として、補足協定適用による「立ち入り調査は困難と判断」(国会答弁)と一蹴した。

 「現に発生した場合」のみが立ち入り調査の要件で、それが明らかに確認されていなければ過去の漏出の検証のための立ち入りは困難、しかも「現に発生」の状況は、米軍が認めなければ確認は困難という環境補足協定の「画餅」ぶりが露呈した。

◆問題を放置する対米追従の政府

  何がPFAS汚染の原因究明をどのように妨げているのか。本論の核心は「対米追従の政府の消極的対応」が、国民の命を危うくするPFAS汚染の除去を阻む最大の壁である、という一点に尽きる。

 米軍由来の国土の環境汚染、国民の健康被害、水源汚染防止に関するいかなる取り決めも米軍の恣意的運用を許すことで「法治国家から放置国家へ」と転換を余儀なくされている。

 「米軍ファーストから国民ファーストへ」といかに転換を図るか。安心、安全な水の確保は有事の前にある平時の国民の命に直結する最重要課題であり、国家安全保障政策の死活的重要な要素である。そのことを認識できない政治家しか国会に送り出せないこの国の限界を、PFAS問題は浮き彫りにしている。

(『東京保険医新聞』2023年8月25日号掲載)