【医学生・若手医師論文コンクール】入賞作『地域医療における 偏在対策と遠隔医療の可能性』

公開日 2024年02月21日

『地域医療における偏在対策と遠隔医療の可能性』

日本医科大学 医学部医学科

稲福功大

 

 中学3年生の頃、一緒に暮らしていた祖父が心筋梗塞で倒れ、自衛隊のヘリで沖縄本島の大病院に搬送された。私達家族は沖縄県の石垣島という小さな離島で暮らしており、そこには祖父の病気に早急に対応できる設備が整っていなかったからだ。遠く離れた地で治療を受けなければならない石垣島の医療レベルと、付き添ってあげることもできない自分の無力さを初めて感じたのはこの時だった。また、時を同じくして小学校以来の親友が急性リンパ性白血病を患い、沖縄本島の病院に入院することになり、孤独な闘病生活を送るのを余儀なくされたことも、私が地域医療について興味を持ち始めるきっかけとなった。

 それ以降、私は地元である石垣島の医療レベルについてだけでなく、このような医療格差が全国各地で問題になっていることを知った。厚生労働省によると、2010年において同省の定める必要医師数は現員医師数の1.14倍であり、全国的に医師が不足している状況であった。また、都道府県ごとでみると、現員医師数が必要医師数を上回っている都道府県は一つもなかった。最も医師が不足していたのは岩手県の1.40倍で、いわゆる地方と呼ばれる地域の医師数は都市部に比べ必要数に達していない傾向にあった。1)

 

 このような医師不足問題が起こるのは、医師数の絶対数不足と、医師の偏在、すなわち医師が都市部に集中しているため、地方の医師少数区域に十分に医療が行き届いていないことが理由として考えられるだろう。実際私が経験したように、田舎では最寄りの病院が現実的な距離にない、あったとしても幅広い疾患に対処できるだけの技術、設備が整っていないなど、都市部に生まれ育った人々では想像もできないような理由で、医療が満足に提供されない実情が未だ当然のように存在する。

 この問題に対して、厚生労働省は地域枠制度の設置等の臨時定員増加による全体としての医学部定員増加を図り、医師不足を解決しようと取り組みを進めてきた。

地域枠制度とは、地域医療に従事する医師を養成することを主たる目的とし、医師の偏在を解消するために設けられた新たな選抜枠である。2)選抜された学生は、学部卒業後から一定期間(多くの場合は9年間)、同都道府県内の特定の地域での診療義務が課されるため、医師少数区域での人材確保に寄与すると期待されている。

 また、医師数の確保に関しては、2008年に掲げられた「安心と希望の医療ビジョン」3)で段階的に医師養成数を増加させることが方針づけられており、これによって2010年から2020年にかけて医師数は295049人から339623人に増加した。4)医師数は現在も順調に増加し続けており、2030年頃には需要を上回って逆に医師数過剰になるのではないかとも懸念されている。

 これらの政策により医師不足問題は徐々に解消されつつあるように思えるかもしれない。しかし、病院種別にみると、増加した44754人のうち8割近くが市中病院で増加していることがわかる。4)地域包括ケアシステムの中では、内科系の診療所医師が高齢者のかかりつけ医となって外来や在宅医療を担うケースが多いが、残念なことに診療所医師数はここ10年で伸び悩んでいるのである。

つまり、医師数は順調に増加しているものの、増加した医師の多くは医師少数地域ではなく都市部の市中病院に集まっており、医師の偏在問題は改善されていないのが現状と言えるだろう。

 

 もちろん、医学部定員を増加させたからといって、即時的に医師の偏在解消がなされる訳ではない。2008年から本格的に設置された地域枠制度の第一期生が卒業するのは、入学してから6年後であり、それを境に地域医療に従事する医師の数が増加していくことになる。今後も地域枠医師は更に増加し続け、臨床研修を終えた後地域医療支援センターの派遣調整の対象となり、地域の医療機能の是正に尽力していくことになるだろう。

 沖縄県の琉球大学医学部でも、国の政策に従い地域枠が設置されており、2019年度から第一期卒業生が離島・北部での勤務を開始している。それに加えて、琉球大学医学部では2015年度入試より離島・北部枠という新たな選抜枠が設置されはじめた。5)

 離島・北部枠とは地域枠の一つで、「沖縄県に居住し、沖縄県内離島地域ならびに沖縄県本島北部地域に所在する高等学校等を卒業又は卒業見込みの者」を対象に、沖縄県で将来の医療を担う強い意思がある者を選抜する枠である。5)当然、私が通っていた石垣島の公立高校も、その離島枠制度の対象となる高校であった。沖縄本島の高等学校出身者を対象とする地域枠より、元々離島・北部の出身者の方が卒業後に派遣される僻地病院との親和性が高く、長期的な医師数の定着にも寄与することが期待できるため、より医師の偏在に効果的な選抜枠であると考えられる。実際、私の同級生、先輩でも北部・離島枠を利用して医学の道に進んでいる人は大勢いる。彼らは皆、私の知る限りでは島の中でも特に郷土愛に溢れ、沖縄県の地域医療に貢献したいという強い意思を持つ人達ばかりである。彼らが今後臨床研修を終え、地元に帰って僻地医療に貢献することは、医師の偏在を解消するだけでなく、生まれ育った地元への恩返しも含まれているに違いない。

 

 かくいう私はというと、この離島枠を利用せずに東京都内の医学部に入学した。これは、離島枠に進んだ彼らと同じように地域医療に貢献できないかと私なりに考えた結果、私は沖縄県の1地域だけでなく、全国各地の地域格差是正に努めたいという気持ちが大きくあったからである。そのため、都市部の最先端の医療に身を置きつつも、田舎で生まれ育った私だからこそ持てる視点で全国の地域医療に従事したいと考え、都内医学部の進学を決めた。

 私は、地域医療の格差、医師の偏在を解消する為には、遠隔医療の全国的な普及が必要であると考える。

 遠隔医療とは、情報通信機器を活用して、主治医による直接の対面診療を受けることが困難な状況にある離島、僻地における患者の居宅等との間で、テレビ電話などを通して診療を行うことである。

オンラインでの診療は、地域の医師不足問題を新たな角度から解決できるのではないかと期待されている。6)オンライン診療では実際に来院する必要がないため、通院に伴う患者負担が軽減される。また、長期に渡って繰り返し通院が必要な慢性疾患の治療については、定期的な対面診療の一部をオンライン診療に代替することで、頻繁な通院が難しい僻地に居住している患者であっても、継続的な治療が可能となる。医師側にとっても、従来行ってきた訪問診療や往診が必要な患者に対し、居宅へ移動する手間が省けるようになる。そのため、地方の医師だけでなく、都市部にいながらも全国各地の患者をオンラインで診療を行うことができるようになる。私は、遠隔医療が全国各地に広がることは、地方の医師数確保のみならず、十数年後に懸念されている都市部の医師数過剰問題に対しても、新しい働き口の一つとして効果的なのではないかと考えている。

 

 一方で、遠隔医療の全国的な普及には解決しなければならない課題がいくつかある。ひとつには、法規制の緩和や、診療報酬の改善などの法的な障壁が、未だ明確に整備されていない点が挙げられる。7)これらが改正されるには、遠隔医療の有効性や安全性に関するエビデンスを蓄積し、社会全体で共有、分析されることが望ましい。米国、英国、中国などの先進国ではすでに遠隔医療が拡大しているため、それにならって導入を進めていくのも一つの手である。

 また、遠隔医療の対象患者となるのは主に離島、僻地の高齢者であると考えられるだろう。しかし、そういった地域にはオンライン診療に必要なインターネット環境が整っていない、あったとしても高齢であるためにデバイスの操作に明るくないなど、IT面での障壁も存在する。7)これらを解決するには、都道府県や地方自治体との協力が必要であると考えられる。例えば、デバイス操作が困難な患者に対して、地域の公共施設や老人ホーム等の身近な施設に簡易的な診療スペースを設けるとする。そこでは予め職員がオンライン診療の準備を整えており、患者は時間に合わせて入室するだけで良いとしたらどうだろうか。インターネットデバイスに疎い高齢患者でも気軽に受診でき、万が一トラブルが起こった際には近くの職員が対応することもできるため、より円滑にオンライン診療を行うことが可能になるだろう。

 

 これまで述べてきた遠隔医療をより現実的なものにするには、都市部の医師と地域の医師の協力が不可欠だろう。地域枠医師制度は地域の医師数の確保だけでなく、遠隔医療の担い手にもなりうるため、医師偏在を解消する大きな手段となる。私は、生まれ育った背景を武器に彼らと密に連携を取り合い、都市部の医師に地域医療の現状を伝え、両者を結びつける架け橋となる医師になっていきたい。

数年前、COVID-19の感染拡大が起こった結果、私達は外出を自粛し、大学の授業や仕事の会議等はオンラインで行うことを余儀なくされた。かつては対面で行うことが当たり前だったものも、現在では非対面が私達の生活の中に浸透してきている。むしろ非対面の利便性が評価されるようになってきたことは、COVID-19のもたらした唯一の財産だともいえるだろう。ウイルスのように目に見える問題ではないとしても、医師の偏在は確実に日本の医療が抱える問題の一つである。したがって、医療現場においても、目の前に患者がいて医師がそれを診る、という常識を一度捨て、新たな医療体制を受け入れる柔軟な思考が必要なのかもしれない。

 

【参考文献】

  1. 厚生労働省 必要医師数実態調査(平成22年)
    https://www.mhlw.go.jp/bunya/iryou/other/dl/14.pdf
  2. 厚生労働省 令和5年度以降の医師需給および地域枠設置の考え方について(令和2年)
    https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000695877.pdf
  3. 厚生労働省 安心と希望の医療確保ビジョン(平成20年)
    https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/06/dl/s0618-8a.pdf
  4. 厚生労働省 令和2年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/20/dl/R02_1gaikyo.pdf
  5. 琉球大学 令和6年度 学生募集要項
    https://www.u-ryukyu.ac.jp/wp-content/uploads/2023/09/01_recommendation_2_bosyu_yoko.pdf
  6. 厚生労働省 過疎地域における遠隔医療
    https://www.soumu.go.jp/main_content/000638147.pdf
  7. 厚生労働省 オンライン診療その他の遠隔医療推進に向けた基本方針(令和5年)
    https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001116016.pdf