[視点]医療事故調は責任追及のしくみではない-愛知県愛西市の事例から-

公開日 2024年02月26日

医療事故調は責任追及の仕組みではない
―愛知県愛西市の事例から―

                      

日本医療法人協会常務理事・医療安全部会長 鹿児島県医療法人協会 会長 小田原  良治

◆医療事故調査制度は「医療の内」の制度

 医療事故調査制度は10年にわたる混迷の末に、2014年6月25日の医療法改正、2015年5月8日の省令・通知を経て、同年10月1日に施行された。

 10年におよぶ混迷を解決したのは、「医療の内」(医療安全)と「医療の外」(紛争解決)を切り分けて解決するという考え方であった(図参照)。医療事故調査制度は、この「医療の内」(医療安全)の制度として構築されたのである。これは、WHOドラフトガイドラインにいう「学習を目的としたシステム」に当たる。医療事故調査制度は、医療法においても第三章「医療安全の確保」に位置づけられ、専ら医療安全の制度として構築されたのである。厚労省Q&Aも、医療事故調査制度は、WHOドラフトガイドライン上の『学習を目的としたシステム』であるとし、非懲罰性、秘匿性、独立性を明記している。

 「医療の内」(医療安全)の目的で収集した資料は、再発防止のために使われるべきものであり、純然たる内部資料である。「医療の外」(紛争解決)の手段として使用してはならないことは明白であろう。従って、院内事故調査報告書は、匿名化より厳密な、非識別化が求められており、院内調査結果は、遺族に「口頭又は書面若しくはその双方の適切な方法」で説明することとされており、第三者への医療事故調査報告書の開示は想定されていない。医療事故調査・支援センター(以下、センター)の調査についても、関係者の厳密な守秘義務が課されており、報告書の公表・公開は想定されていない。「本制度の目的は医療安全の確保であり、個人の責任を追及するためのものではないため、センターは、個別の調査報告書及びセンター調査の内部資料については、法的義務のない開示請求に応じないこと」と明示されており、センターの役員、職員等についても守秘義務が規定されているのである。

 ここで、用語について関連性を整理すると、「医療の外」の用語として「説明責任の制度」―「責任追及」―「医療過誤」―「予見」という構図に対して、「医療の内」の用語として「学習目的の制度」―「医療安全」―「医療事故」―「予期」という構図が出来上がったということである。専ら「医療安全」の制度として医療法上に「医療事故」が定義され、その要件として緩い言葉である「予期」が使われた。

 医療法で「医療事故」とは、「医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、(かつ)、当該管理者が当該死亡又は死産を『予期』しなかったもの」と定義し、さらに「予期」という用語の意味を医療法施行規則第1条の2で規定したのである。これまで一般用語として、色々な意味に使われて来た医療事故という言葉が、専ら医療安全の用語として法的に定義されたのである。

 

◆調査報告書の公表で医療者が第2の犠牲者に

 さて、2022年11月5日、愛西市の集団接種会場で42才女性がワクチン接種後、15分程で急変、心肺停止状態となり、心肺蘇生を行いつつ後方病院に搬送されたが、そのまま死亡するという事例が発生した。

 愛西市は、「医療に起因し」かつ「予期しなかった」死亡事例に当たると考え、センター報告すべき「医療事故」事例であると判断した。センターに報告し、医療事故調査委員会を設置して、院内医療事故調査を行った。2023年9月26日、同委員会の委員長らは、記者会見し医療事故調査の内容を公表するとともに医療事故調査報告書の全文を公開した。これを受けて、遺族が提訴するとともに、関係者を刑事告訴することを決めたという。

 医療事故調査制度は、「医療の内」(医療安全)の制度であり、純然たる内部資料である医療事故調査報告書を公表・公開してはならない。ましてや記者会見など言語道断であろう。報告書公開・記者会見は医療事故調査制度の趣旨を逸脱した行為であり、法令違反である。このような行為自体が紛争の引き金になりかねず、医療従事者をSecond Victim(第2の犠牲者)とする行為である。医療安全の資料が紛争に使われる事例が発生すれば、医療事故調査制度の根底を揺るがすこととなり、絶対に行ってはならない行為である。

 本事例の更なる問題は、医療事故調査委員会の委員長である長尾能雅氏が、センター機能を受託している日本医療安全調査機構の中枢を占める人物であるということである。医療事故調査制度を運用、指導する立場にいる人物が、医療事故調査制度の根底を揺るがすような行為を行ったことの責任は大きい。

 センター機能を有する日本医療安全調査機構は、これまでも不適切な指導を行って来ている。また、秘かに事故調査報告書の公開を検討しているとの情報もある。これらを併せ考えると、今回の愛西市の医療事故調査報告書公開・記者会見問題は、単に愛西市医療事故調査委員会や委員長の問題ではなく、医療事故調査・支援センターのあり方に関する問題と言えるかもしれない。

(『東京保険医新聞』2024年2月15日号掲載)